love, love, love

 気持ちのいい夜風に吹かれながら、オレと一織は川沿いの遊歩道をのんびりと歩く。髪を上げて、つやつやと光沢のある礼装のスーツを着て、引き出物の入った紙袋をぶら下げて――いかにも結婚式帰りという装いは、かえってオレたちをどこにでもいるような男たちに見せてくれているだろう。人目があれば、の話だけれど。あたりは静かで、聞こえるのは虫や鳥の声、遠くの車の音くらいだ。不躾な視線を浴びることもなく外を歩くのは久しぶりのような気がする。
 今日は我らが愛するマネージャー、小鳥遊紡の結婚式だった。ステンドグラスの美しい、高原の小さな教会は、彼女のご両親が式を挙げた思い出の場所だったという。都心から離れた土地にオレたちを招くことを彼女はずいぶん恐縮してくれていたけれど、たとえ会場が世界の果てだって、オレたち七人は駆けつけただろう。彼女がいなければ、いまのオレたちなんてかけらも存在していない。
 厳かな式のあとは近しい人々だけのパーティがあり、続いてぐっとくだけた二次会があって、それもさっきお開きになった。MEZZO”の二人とピタゴラトリオはそれぞれ明日の早朝から仕事が入っていて、名残惜しそうに終電で都内へ戻り、ラッキーなことに明日の午前に仕事のないオレたち二人は、予約してもらったペンションまで、酔い覚ましがてらのんびり歩いて行くところ。ペンションのオーナーさんは社長の古い知り合いということだから、安心だ。
「いい式だったねぇ」
「そうですね」
「一織泣いてただろ」
「あなたに言われたくないんですけど」
 アラサーと呼ばれる年齢になったけれど、オレも一織も涙腺の緩さは未成年の頃からあまり変わらない。緩すぎるのは困るけど、感情豊かであることはオレたちにとっては仕事の一部みたいなものだ。一織は、壮五さんもだけど、出会った頃より素直な表情を見せてくれるようになった。大和さんなんかは未だにプライベートで涙を見せるの、恥ずかしがってしまうけど。演技でなら自由自在なのにね。
 そんなわけで、みんなの大事な大事な女の子であるマネージャーの結婚式を、オレたちは盛大に涙を流しつつ祝福したのだった。たぶん主役より泣いてたんじゃないかな。まあ、社長には負ける。
 主役であるところの紡本人は、花びらみたいな可憐なドレスに身を包んで、目に涙をにじませて、ずっと幸せそうに笑っていた。最高に可愛くて、美人で、お姫様みたいだった。彼女があの笑顔でいられるんだから、きっと幸せな家庭になるだろう。
「……寂しい? 一織」
 とん、と靴裏を弾ませて近寄って、顔を覗き込むと、一織は不思議そうに首を傾げた。
「なぜです? 確かにしばらくはハネムーン休暇で不在ですが、結婚したからといって紡さんは仕事を辞める予定はないでしょう。これまでと変わりませんよ」
 右手に持った花束に目をやって、一織がくすりと笑う。それは二次会の終盤に、紡が一織にと手渡して――というか半ば押しつけて――いったものだ。一織はきれいなものや可愛いものが大好きだから、それでだろうか。今日彼女が手にしていたブーケほど大きくはないけれど、なんとなく似ている。
「むしろあの人、幸せになるほどパワーアップしそうじゃないですか? 楽しみですよ」
 白い花束は、白い肌をお酒でほんのり桜色に染めた一織によく似合っていて、きれいだなぁ、と思ったら心臓がコトコトと鳴った。一織と花の組み合わせなんて何百回も見てきた気がするけど、なんだか今日は格別だ。
「オレさ、一織は紡が好きなんじゃないかって思ってた」
「……はい?」
「昔だけど。……ごめん、嘘。わりと最近まで疑ってたかも。仕事だってわかってるけど、紡と一織、めちゃめちゃ仲いいし、すごいわかりあってるしさぁ……」
 ジト目でオレを見た一織が、はーっと大きなため息をついてから、くるりとオレに背を向けた。とん、とん、ステップを踏むような浮かれた歩き方が珍しい。
「それを言うなら、私も思ってましたよ。あなたはマネージャーがお好きなんだろうと」
「ええ!?」
「私のほうは、本当にずっと昔の話ですけどね。だってあなた、彼女に対して反応が面白いくらいに初心すぎて」
「仕方ないだろぉ~、免疫なかったんだもん……」
「もんとか言わない、アラサーが」
「アラサーだけどアイドルだもん。アイナナ可愛い担当その2だもん」
「開き直りますね」
「そりゃあね」
 ちなみに言うまでもないがその1は三月だ。男前可愛いアイドルの座に、百さんと天にぃとともに君臨し続けている。その3はたぶん一織だけど、本人は絶対否定するからめんどくさい。
「……でもそうですね、きっとあの頃の私たちみんな、彼女にほのかに恋をしてましたよ。想いの強さはそれぞれでしょうけど。彼女は砂粒だった私達を見つけてくれた、たったひとりの人でしたから」
 優しい歌をうたうような声音で、一織は言う。
「私は、……そうですね、心惹かれなかったと言ったら嘘になりますけど、恋に落ちるには、あのひとはあんまり魅力的すぎて」
「……魅力的すぎた、から、恋に落ちなかった? 逆じゃなくて?」
「ええ。――十七歳の夏、あのひとの手を取って歩いた夏祭りの夜の、ささやかな胸のときめきより、彼女と共に見た夢、私達の目指した永遠のほうが、私には何倍も輝かしくて、愛おしかった」
 風に黒髪をなぶらせながら、一織は眩しげに目を細めて、空を見上げた。深い紺色の夜空には、都心では絶対に見られないようなたくさんの星々がきらきらと瞬いている。
 一織色の空だ。
「あのひとを愛していますよ。世界一大切な女性だと言ってもいい。だからこそ恋人だなんて儚いものより、あのひとの、たったひとりの戦友がよかった。それならずっと、無くさずにいられるでしょう」
 オレは黙り込んで、一歩半離れた距離から、夜空を見上げる一織の、一幅の絵のような横顔を見つめる。
 未来を見据え、遠い憧れを見上げて。十代の頃からずっと、この横顔は変わらない。
 オレがこの世でいちばん大好きで、そしていちばん大嫌いな一織だ。
 永遠を欲しがるこどもの、無邪気でつよいまなざし。
「――一織はさぁ!」
 気がついたら、ずいぶん大きな声を出していた。一織がさっと周囲に目にやって、それからほっと肩の力を抜いたのが分かった。あたりに人はいないけれど、もう癖なんだろう。ごめん、と内心でこっそり謝りながらも、怒られなかったのをいいことに、オレは同じ声量で言葉を続ける。
「そうやって一生、恋愛のひとつもしないで、オレたちの未来を最優先して生きていくわけ!? ひとりで!?」
「……なに怒ってるんですか、いきなり」
「だって、」
 地団駄を踏みたい気持ちに駆られて、オレは代わりにぎゅっと手を握りしめる。
「だってさぁ、おまえ、」
「窮屈だと思います? 悲しい? 心配? 同情? ……それとも? あのね、楽なんですよ、実際のとこ」
 不意に一織がくるりと身体を回して、オレの方を向いた。その顔を見て、オレの心臓は変なふうに跳ねる。
 なあ、なんでそんな楽しそうな、大好きな歌を歌い出す直前みたいな、ライブ中に思いっきりハグするときみたいな顔して、オレのこと見てるの、一織。
「『こういう職業ですから』『スキャンダルが怖いので』『ファンの皆さんを悲しませることはしたくない』これね、最強の免罪符なんですよ。そう言いさえすれば煩わしい誘いも簡単に断れるし、浮いた話題がなくても不審に思われません。特にIDOLiSH7の和泉一織は堅物で知られていますから」
 一織が口にしたフレーズは、オレの口にも馴染んだものだ。ときに本心、ときに口実、ときに行動を縛る枷。
 それを指して一織は――楽だという。
「おまけに私の近くには他の人と婚約している紡さんがいて、まわりが勝手に誤解してくれる、あなたみたいにね。おかげでこの歳まで、のんびり一人を想ってこられました」
「……え」
 その瞬間のオレは、相当間抜けな顔を晒していたと思う。
 くす、と一織が喉を震わせる声が、やけに大きく聞こえた。
 オレがごくりと唾を飲みくだす音も。
「あなたにご心配いただかなくても、『恋愛のひとつ』くらい、しています。ずっと、ひとつだけね。でも私には、恋を叶えるより大事なものが、絶対になくしたくないものがあったから。
 ――わたしのIDOLiSH7、わたしの七瀬陸、わたしの永遠のスーパースター」
 銃口の形にぴっと伸ばした一織の指先が、オレの心臓をまっすぐ狙う。春の夜風がさあっと吹き抜けて、十年前の記憶を連れてきた。
 オレに期待してくれた一織、オレの歌が好きだと言ってくれた一織、オレをスターにすると約束してくれた一織、オレだけにファンサをくれた一織に、十八のオレは恋をした。恋をして、一織のぜんぶが欲しくなった。
『私は、あなたと恋愛関係にはなれません』
 おまえが好き、一織が好き、と訴えたオレに、一織は静かに首を横に振ってそう言った。
 まだオレたちが成人もしてなかった、子どもだった日の出来事だ。
『あなたは大切な仲間で、友人で、相棒です。あなたとずっと一緒に、IDOLiSH7で、歌っていたい。でも、……』
 頬を固くこわばらせ、長い睫毛を震わせて、ごめんなさいと苦しげに繰り返す一織に、オレがそれ以上のなにを言えただろう。オレの方こそごめんと謝って、逃げ出すことしかできなかった。
 一人でたくさん泣いて、情けないことに体調も少し崩して、一織ともしばらくギクシャクした。みんなにもずいぶん心配をかけたし、一織がオレを見て、悲しそうな、申し訳なさそうな顔をするのが辛かった。だけどIDOLiSH7を失いたくなかったのはオレも一織もきっと一緒で、離れかけた手を必死でつなぎ直したんだ。
 一織はオレの恋人にはなってくれなかったけど、それからもオレのいちばん近くにいて、いつもオレを支えてくれた。オレに笑いかける一織の、オレのものにならない笑顔を見るたび胸が痛くて、でもやっぱり嬉しかった。少しずつ少しずつ、一織とのその距離にも、胸の痛みにも慣れて、叶わなかったオレの一織への恋はいまも、変わらずにこの胸にある。
 じゃあ、一織が叶えようともしなかった、一織の恋は。
 どこに。
 ……誰に?
「一織……」
「だって、初恋だったんです。恋の仕方なんて知らなかった。叶え方も、続け方も、失恋の方法も、なんにも知らなくて……頭でっかちの子どもはね、知らないものが怖いんですよ。わからないままいじくり回して壊してしまうくらいなら、きれいに飾っておく方がいい。――夢を見ることなら、知っていた。叶える方法も、わかっていた……わかっていると思っていた。だから私は」
「いおり、」
「私の恋より、あなたの恋より、私の夢を選びました。IDOLiSH7の七瀬陸、あなたを」
 一織が笑う。IDOLiSH7の誇る白皙の美青年の、完璧な微笑み――けれどそれは次の瞬間、くしゃりと歪んだ。
「だって、ねえ……、あなたが言ったんじゃないですか、終わりは突然だって、人の気持ちは変わるものだって……。恋なんて、人の気持ちの中でも一番不確かな感情でしょう、……信じられるわけないじゃないですか、こんな……」
 一織の指先の銃口は、オレを撃ち抜くことのないまま、だらりと下に下ろされる。完璧からはすっかり程遠い、迷子の子どもみたいな顔、耳も額もすっきり出した今日の一織の表情を隠すものはなにもない。一織の向こうにはきらめく星空が広がって、なんだかまるで、世界に二人きりみたいだ。
 オレはもう名を呼ぶことすらできずに、ただ一織の言葉に耳を澄ます。ずっとしまいこまれていた彼の声を、ひとつだって取りこぼさないように。
「選ばなかったのに、諦めたのに、なくなりも、変わりもしないで、ずっとあなたに恋したままだなんて、……十七の子どもに想像できるもんですか。十年も経って、今更叶えたくなるなんて。今だって私は、あなたを傷つけても、あなたの歌を、IDOLiSH7の存続を選ぶ私のままなのに」
 一織の頬を、ころころとこぼれ落ちる涙が、頬を飾る宝石みたいで、とてつもなくきれいだった。拭ってやりたいけれど、ずっと眺めていたいような気もする。
 一織。
 ねえ、一織。
 オレも一緒。一緒だよ。変わらなかった。ううん、変わりはしたかな。十年前、なにも考えずに一織にぶつけた子どもの恋より、いまの恋のほうがきっと何倍も大きくて重い。
 大きすぎて、重すぎて、胸にふくれ上がったこの感情を、どうやっておまえに渡せばいいだろう。
 ――ああ、そうか。
「一織!」
 オレは大好きな名前を叫んで、一歩後ろに下がった。ぶら下げていた紙袋を足元に下ろし、ほんのり湿った、春の優しい空気を吸い込んで、声をそうっと風に乗せる。
 ――キミと笑いあえたなら、
 一織がはっと目を見開いた。
 それこそ一織に告白した頃からずっと歌い続けてきた大好きな歌、オレたちの再出発の歌の、始まりのワンフレーズ。
 ――どんな今日も越えられるさ
 歌にぜんぶの想いを乗せて、一織に向かって押し出した。一織が愛してくれるオレの歌。オレたちをつなぐ、IDOLiSH7の歌。あの日、あの短いひととき、オレを振り仰いで微笑んだのは、アイドルじゃない、オレのための一織だった。大事な大事なステージの上、初披露の新曲のイントロで、お客さんに完璧なステージを見せるよりオレを見つめることを優先した一織の、オレしか知らない優しい笑顔。
 ねえ、あの日あのステージで、オレたちきっと恋をしてたよ。
 両手を差し伸べ、ゆっくり前に進みながら、オレは一織に笑いかける。一織が幾度も瞬きしながらオレを見つめて、ほろりとなにかが表面から剥がれ落ちたような、やわらかな笑みを浮かべた。
 一織のくちびるがひらいて、音が夜風に踊る。甘く優しい一織の歌声が、俺の声を下から支えて、ハーモニーを奏ではじめる。
 オレがひとりきりで歌うはずのフレーズで、ふたつの声が重なって、ひとつの音楽になることが、こんなにも嬉しい。
 昔、寮の裏庭で、こんなふうにこの歌を歌った。苦しい時期を乗り越えて一緒に歩き出せることが嬉しくて、幸せで、みんなで歌の通りに笑いあいながら、何度も、何度も。
 もう一歩近くに寄ったオレの手に、一織の手が重なった。力を込めて引き寄せれば、抵抗なく距離が近づく。お互いの息がかかる近さで、囁くように、最後のフレーズを二人で歌う。
 ――一緒に。
 余韻を閉じ込めるように、オレは一織の唇に自分のそれをそっと重ねた。
 オレの手の中で一織の指がピクリと震えて、でも一織はオレを拒まなかった。
 声を重ねた大事な歌も、今夜の一織がオレにくれた想いも、十年前のオレが一織にぶつけた幼くつたない愛の言葉も、みんなみんなかき集めて、キスに変える。
 とんでもなく幸せで、とんでもなく恐ろしい、永遠のようでも一瞬のようでもある時間だった。
 目を開けばすぐそこに一織の瞳が見えた。青みがかった理知的なグレイの光彩に囲まれ、オレの顔を映して、星空みたいにきらきら光っている。
 おまえはオレをスターにするって言うけど、オレのお星様はここにあるよ――なんて言ったら、さすがに気障がすぎるだろうか。
「……七瀬さん」
「うん、一織」
「私、やっぱりあなたの歌が好きです。世界中でいちばん」
 かわいらしく頬を赤らめて幸福そうに微笑んだ一織が往生際悪くそんなことを言うものだから、オレは一織のきれいな額にオレの額をごちんとぶつけてやった。
「いまそんな話してた?」
「してたんじゃないですか?」
 額をさすりながら、しれっと一織が笑う。
「くそう……。オレは一織が好きだよ。大好き。愛してる。世界中でいちばん!」
「アイドルが路上でそんなこと叫ばないでくださいよ」
「それ、おまえが言うかな!?」
「だいぶ酔いが覚めてきちゃったんですよね……」
 肩をすくめながら、一織が指で目尻に残った涙を拭う。あ、と思って、その先の思考が言語になるより早く、オレは一織の手を取って、指先に舌を這わせていた。甘い蜜みたいに見えた一織の涙は、ただの体液でしかなくて、やっぱりしょっぱい。
「あ、……なたねえ……っ!」
 頬の色が桜から苺に変わった一織が、ぷるぷる震えながら手を引き抜いた。
「だって美味しそうだったんだもん」
「もんとか言わない、かわいいから」
「アイドルだもん。やっぱりまだ酔ってるじゃん、突っ込みがさっきと同じだぞ」
「そちらこそ。同じじゃありませんよ、よく思いだして」
 あーあ、なんでこうなっちゃうんだろうな、オレたち? 口喧嘩とも呼べないくらいの言い合いをしながら、オレの顔も一織の顔も綻んでいる。だって笑っちゃうじゃん、こんなの。十年経っても懲りないんだから、きっと一生懲りないよ。
 紙袋を拾い上げて、オレは再び一織の手を取った。指と指を絡ませて、ぎゅっと握る。
「好きだよ、一織」
「…………」
 ぷいっと顔を背けた一織は、だけど剥き出しの耳が真っ赤で、つないだ手は振りほどかれないままで、気持ちなんてまるわかりだ。あー、この耳、かじりついちゃいたい。
「――急ぎましょう、予定の時間よりだいぶ遅くなっています。社長のご友人にご迷惑をおかけしてはいけません」
「ん、そだな」
 早口で告げられた内容はあからさまな照れ隠しなんだけど、内容はその通りなのでオレは神妙に頷いた。遅めの時間、夕食不要の予約とは聞いているけれど、あまり待たせてしまっては申し訳ない。
「部屋は離れをご用意いただいているそうなので」
「わかった」
「専用のお風呂もついているんですって」
「そうなんだ! いいね」
「ですので、」
 くいっと手を引かれて、たたらを踏んだと思ったら、唇のうえでチュッと音が鳴った。
「話の続きは、部屋に着いたらね」
「えっ、ちょっ」
「紡さんがね、『いいかげん覚悟決めて下さいね!』って」
「あ、それでその花!?」
「そうですよ。――ほら、早く」
 なにその流し目! えっろ! そりゃ一織最近色っぽい仕事増えたけど……!
「……話だけで済むかなぁ!?」
「さあ。どうでしょうね」
「ねえ、走ろっか!」
 つないだ手を揺らしながら提案したら、一織はぷはっと笑う。それからオレたちは目と目を合わせて、せーの、よーいどん!
 ばかみたいに笑いながら、二人で駆けだした。手はぎゅっとつないだまま。息はぴったりだ。だってオレたち、ずっとこうして走ってきたんだから。
 きっとこの先も、楽しいばかりじゃないだろう。二人で目指す先に何があるのか分からない。どこかにたどり着けるのかどうかすら。それでも、それでもさ、おまえがいる世界だから、一緒だから、きっと越えていける。
 だってオレたちがそう歌ったんだもん、責任持って証明しなきゃ!
 大丈夫、オレはもう知ってる。オレたちは世界のてっぺんを目指して走ってるけど、一番大事な幸せは、一緒に歌ってくれる人がいること。つまり、この手を離さないってことだ。
「七瀬さん!」
 走りながら一織が俺の名を呼ぶ。
「なに!?」
「愛してますよ!」
「なにそれ一織ずるい!! オレも!」
「あはははははは!」
 そうしてオレたちは駆け抜ける。今日を越えて、明日のその先へ、未来を探しに、どこまでも。