二人分のホットミルクをお盆に載せて部屋をたずねてきた一織は、オレの隣に腰を下ろして、七瀬さん、と静かにオレを呼ぶ。
少し低めで落ち着いた、耳に馴染んだ一織の声。出逢ったころはトゲトゲしてたけど、いつの間にか、ずいぶん優しい響きになった。
「最近、元気がないでしょう。なにかありましたか」
直球の問いかけは、昔から変わらない。オレは小さく苦笑して、すぐに口を開くかわりにホットミルクに口をつけた。舌を火傷しない、ちょうどいい温かさと、ここちよい甘み。
オレ専用のカップには、一織の優しさがなみなみ注がれている。そう思うと、一気に飲み干してしまいたいような気持ちになって、でも永遠になくならないでほしいような気もして、心臓がソワソワするんだ。
結局三分の一ほどを飲んで、カップを降ろす。催促する視線を浴びながら、まずはへらりと笑ってみせた。
「バレちゃった?」
「わかりますよ。どれだけ見ていると思ってるんですか」
「死ぬほど考えてくれてるんだっけ、オレのこと」
「そうですよ。でも残念ながら超能力者ではないので、あなたがなぜ元気がないのかまではわかりません。仕事はここのところ順調ですよね。体調も問題ないようですし――問題ないですよね?」
「うん、大丈夫。調子いいよ。発作も全然起きてない」
「良かったです。ではやはり、また九条さんと揉めてるんですか」
「なんだよ『やはり、また』って」
「仕事が順調なのに七瀬さんが元気をなくす要因なんて、九分九厘九条さんでしょう。また兄弟喧嘩ですか、今度はなにが原因なんです」
「あはは、『九分九厘九条さん』って面白い」
「ちょっと。ごまかさないで」
「ごまかしてないし、天にぃと喧嘩もしてないよ」
緩く首を振り、姿勢良く座る姿を見上げる。ホットミルクを飲んだばかりなのに、喉の渇きを覚えて、口の中にたまった唾を飲み下す。
「……悩みがあるのは本当だけど、別のこと」
オレがそう言うと、一織はマグカップをテーブルに置いて居住まいを正した。真面目に話を聞きますよの顔だ。
いつだってオレのことを一番に考えてくれている、オレの夢を一緒に叶えてくれる、オレのプロデューサー。
嘘をついたり、ごまかしたり、一織にだけはしたくない。だけど……。
ねえ。
言ってもいいの、おまえに。
「そうでしたか。決めつけてしまってすみません。でも、悩み事があるなら、話してください」
「オレの味方してくれる?」
「内容によります。もし七瀬さんが間違っているなら、やみくもに味方をするのは七瀬さんのためにならないでしょ」
ほんの少し眉を寄せて、一織は言う。そういうとこ甘くないんだけど、それも優しさで、誠実さだ。オレが間違わないように、考えてくれている。ああ、こいつ、やっぱり格好いいなあ。
好きだなぁ。
「……好きだなぁ」
全身をわあっと満たした感情が声になって、オレの唇からぽろんとこぼれて落ちた。
「は」
一織がぽかんと開けた口からは、短い音だけひとつ。
不意打ちされたらこういうかわいい反応するとこも、昔から変わらない。
好きだなぁ。
奥深くにしまっていた想いが、よく振ってから蓋を外した炭酸飲料みたいに、オレからこぽこぽとあふれ出す。
「好きだよ、一織」
「いや、あの、……そういうのいいですから。今は七瀬さんの話を……」
「してるよ。オレの悩みって、それだもん。一織が好き」
「えっ」
また一音だけ発して、一織は電池切れのロボットみたいに固まってしまった。きゅっと握った拳で口許を隠す、見慣れたポーズ。
全身かちこちの中で、長くて黒い睫毛だけが、せわしなく上下している。
「それ……って、あの、ええ?」
「一織」
オレもマグカップを置いて、膝でずりずり動いて、一織に近づいた。フォグブルーの瞳がオレを一瞬映したあと、視線は逸らされて、ウロウロとさまよう。
「ち、近いです」
「オレね、一織が好き。……大和さんも、三月も、壮五さんも、環も、ナギも、マネージャーも、天にぃも、ファンの子も、みんな好きだけど、でもそういう好きと違う感じの、好き。わかる?」
「わ……」
膝に置かれたほうの一織の手を、オレは両手でそっと包む。ビクッと、怯えるみたいに大きく震えて、だけどその手はオレの手の中から逃げなかった。
ほっそりとして、指が長く、やや骨張っていて、手入れの行き届いた、きれいな手。
俯いた一織が、オレに取られたその手を、じっと見つめている気配がした。ぽかんと開いていた唇が、きゅうっと引き結ばれて、それから、言葉を発さないまま何度もうすく開いては、閉じる。
目頭がじわりと熱くなって、オレも口許にぎゅっと力を込めた。
一織が困っているのがわかる。困らせているのはオレだ。そうしたかったわけじゃない。でも、ここで嘘をついたら、オレたちはきっといつか駄目になると思った。パラシュートの紐がごちゃごちゃに絡んだまま、まっさかさまに地面に叩きつけられて、二度と立ち上がれなくなる。
「――――」
一織が大きく深呼吸した。手の中にある白い指先がつめたくて、それが悲しい。でも、逃げないままだ。
「わかり……ます、…………たぶん。でも……」
無理矢理押し出すような、苦しげな息づかいで、一織が言う。
「――でも、……」
「うん」
答えるオレの声も、涙が混じって濁っていた。ごめんな、そう謝ろうとして、言えないまま唇を噛む。一織をこんなに困らせて、たぶん傷つけて、それでも、この気持ちが間違いみたいに言うのは嫌だった。
「一織」
名を呼ぶと、一織はようやく、ゆっくりと顔を上げた。なにかの覚悟を決めたような瞳が、まっすぐにオレに向けられる。
一織の、夜明け前の空に似たブルーグレーの光彩に、オレの髪の赤が映り込んで、炎みたいに揺らめいていた。泣きたくなるような色だった。あるいは、叫びたくなるような。この炎でいたい。この瞳を燃やす存在でありたい。一織の宇宙を焦がす情熱に、オレの名前をつけられていたい。
「一織が、」
かすかに頷いた一織の、夜の色の髪が揺れる。
「一織が死ぬほど考えるのも、ホットミルクを作る相手も、幸せをキープするのも、自分を愛するパワーが減った分を補うのも、オレがいい。コントロールするのも、天国だって地獄だって一緒に行くのも、オレだけにして。いつか、……いつかオレが、」
見えない手でぎゅっと握り潰されたみたいに、喉がつかえた。
一織の指先がこわばる。オレは懸命に息をした。今は、嫌だ。今だけは、オレをコントロールしないで。
「……オレが、歌えなくなっても。パラシュートを使い尽くして、空に飛び上がれなくなっても。オレたちの夢が終わって、もう誰もオレを応援してくれなくなっても……」
IDOLiSH7を終わらせないと、幾度となく一織は言う。それでもオレは、終わりが来る日のことを考えずにいられない。いつか必ず来る終わりのために、あたりまえじゃない日々のすべてを大切に愛していきたい。
だけど、いつからか怖くなった。
たったひとつ、たった一人、どうしても。
「お願い。オレの代わりを探さないで。スーパースターでいられなくなっても、オレを選んでよ……」
「…………っ」
あえぐような呼吸は、オレのものじゃなかった。泣き出しそうに顔を歪めて、一織がオレを食い入るように見つめる。ぐっと顎を引いたのは、嗚咽をこらえる仕草だった。ずっと昔、初めて目にした一織の泣き顔が、その表情に重なって見えた。みんなの夢を台無しにしてごめんなさいと泣いていた、十七歳の一織。
たぶん、あのときからずっと、特別だった。
オレの両手の中で、一織の手がわなないた。ぎこちなく曲げ伸ばしを繰り返した指が、オレの手のひらをひっかき、迷うように、怯えるように、縋るように、オレの手首に絡みつく。冷えたままの肌が、オレの手に、一織の激情を伝える。
その瞬間、心臓を締めつけた感情を、どんな名で呼べばいいんだろう。
「七瀬さん」
一織がオレを呼ぶ声は、オレが一織を呼ぶのとは、まるで違う温度をしていた。
「あなたの歌が好きです。きっと、世界中の誰より」
「いおり、」
「あなたに会って……あなたを知って、この人だ、と思った。私がずっと探していた、私がずっと欲しかった、誰か。私を信じてくれて、私に支えさせてくれて、私に傷つかないでいてくれる、誰か。私のこの手で、私の情熱と叡智のすべてを捧げて、まばゆい光のもとへ連れて行ける、誰か。……『誰か』は、あなたのことだった」
「……うん」
「IDOLiSH7に、あなたがいたから。諦めたはずの夢を、どうしても叶えたくなったんです。みなさんに――兄さんに秘密を作ってでも、私の手で、あなたをスターにしたくなった。この世界に入って出逢った、どんな歌声も、どんな笑顔も、あなたから私の目を引き剥がしはしなかった。あなたが私の手を取ってくれて、……私を信じてくれて、あなたの隣に私の居場所をくれて、コントロールすら許してくれて、私がどんなに、……どんなに、嬉しくて、誇らしかったか……」
小さく鼻をすする音。泣かないで、とは言えなかった。オレの声のほうがよっぽど涙声だと、呆れた顔で笑われるだろう。
だって、ずっと、過去形でしか一織は喋らない。
「友達なんて、いなかったんです。喧嘩のしかたも、仲直りのしかたも、知らなかった。私は人付き合いが不得手だから、嫌われても、憎まれてもいいと思っていました。あなたが信じてくれるなら、私の夢が叶うなら、それで構わなかった。――そのはずだったんです。でも……、喧嘩をするたび苦しくて、嫌われたと思ったら落ち込んで、あなたがまだ私を好きでいてくれると知るたびに嬉しくなって……、あなたが悲しんでいたら辛くて、あなたが笑ってくれると安心して、あなたを幸せにしてあげたくなった」
「――――」
「それも、でも……、あなたがそういう人だと、誰よりも私が知っていた。誰だって、あなたを幸せにしたくなる。あなたの願いを叶えたくなる。あなたに笑っていてほしい。あなたは昼の空に虹を架け、夜空に流れ星を降らせる、たった一人のスーパースターだから」
オレのプロデューサーが、夢見るみたいに笑う。
白い頬を伝う涙を、オレは見ていることしかできない。
「七瀬さん。あなたが私に望んでくれるなら、なんだってあげたい。本当です。だけど、……ごめんなさい、私にはどうしても、夢が終わったその先の未来で、あなたの隣にいる私が思い描けない。あなたに向かうこの気持ちに、名前をつけられない。あなたがくれた夢も、願いも、情熱も失って、そのときまだあなたを想っていられるのか、わからない……」
耳を塞いでしまいたかった。
一織。
オレのプロデューサー。
オレに翼をくれる手で、オレの願いを撥ね付ける、残酷で、愛おしい、オレの。
「あなたの歌を望まない生き方を知らない。終わった先の未来で、全部なくしたそのあとで、それでもあなたを選ぶなんて、今の私には言えない……!!」
衝動的に、抱きしめていた。
優しくなんてしてやれない。自分勝手で、乱暴なハグだった。失望と、怒りと、悲しさと、やるせなさと、申し訳なさと、それでも湧き上がる愛おしさを込めて、きつく、きつく、腕に抱き込む。
ううーっと唸った一織が、握りこぶしでオレの背中を殴った。一度、二度。喧嘩がへたくそな一織のげんこつは、ちっとも痛くない。
「ひどい。ひどいです、七瀬さん」
「っ、いおり、」
「なくしたくない。悪魔に魂を売ったっていい、なくしたくないんです。私から取り上げないで。いなくならないって言って。ないものねだりだって知っています、わかってる、それでも、それでも最後まで、終わる瞬間まで、終わらせないと私に言わせていて。おねがい、お願いだから……」
背中を殴り、爪を立て、縋りついてくる一織を、オレは必死に抱きしめる。
責める言葉も、謝罪も、出てこなかった。残酷なのはオレもだ。一織にどれほど請われても、オレは永遠を夢見られない。
砕けた夢の先でもオレを選んでほしいと、一織に願い続けることも、きっとやめられない。
なんだってあげたいとまで、一織はオレに言ってくれた。ううん、言われなくたって、一織のまなざしの熱がオレだけに向かっていることを、オレはずっと前から知っていた。
それで満足だと、思えるオレでいられたらよかったのに。
どうして……。
――どうして?
すすり泣く一織を腕に抱きながら、オレは自分の胸に問いかける。どうして、約束が欲しいんだろう。どうして、一織が拒む未来の話を、オレは求めずにいられないんだろう。
オレが昔、なくしたことがあるからだ。確かに与えられていると信じていた愛を否定されて、裏切られて、置いて行かれた。もう二度とそんなのは嫌で、だから……
(――違う)
がつんと頭を殴られるようだった。約束なら、オレはとっくに一織としている。置いて行かないし、置いて行かせない。そう願ったオレに、一織は確かに頷いてくれた。それに、オレが裏切りと思ったあれは、天にぃの愛そのものだった。そうだよ、違う。だって、今、オレを失いたくないと泣いてるのは一織だ。
オレを、――オレの、歌を。
……ああ。ようやくわかった。違うんだ。オレが本当に欲しいものは、未来の約束そのものじゃない。
一織の恋だ。
一織の特別をとっくに手に入れて、永遠を願われて、それでもまだ足りない。オレは、一織からオレへの恋が欲しい。
一織が名前をつけられないと言ったその感情を、恋だと呼んで欲しいんだ。
オレが、一織に恋をしているから。
丸めていた背を伸ばして、少しだけ一織との距離をあける。濡れた白い頬に手を添えてそっと力を込めると、一織はおずおずと顔を上げた。
美しい夜の瞳が、苦悩を浮かべて揺れながらオレを映す。その瞬間こみ上げた、ほとんど暴力的な衝動を、オレは歯を食いしばってやり過ごした。血管がドクドクと脈打つのを感じる。目の奥が熱くて、痛いくらいだ。
「っ、ごめん」
言えないと思っていた謝罪が、するりと唇からこぼれ落ちる。
「ごめん一織、ごめん……、けど、オレ、どうしても諦められない。一織が考えてわかんないならもう、オレに決めさせて。オレに恋してることにしてよ」
「……ななせ、さ……」
「未来の、――終わりの先の話は、一織ができないなら約束しなくていい、オレが勝手に願ってるだけにするから、一織は見ないままでいいから……っ。今だけ、オレが歌えるあいだだけでいいから……!」
考えるより前に、自分勝手な要求が言葉になってあふれ出していく。息を継ごうとして、失敗した。喉がひゅうと鳴り、視界がチカチカと明滅する。
(いやだ!)
心が悲鳴を上げる。いやだ、いやだ、どうして。言うことをきけよ、オレの身体!
だってこんなの、呪いになってしまう。幼いオレが、幼い天にぃにかけた呪い。オレに笑って。オレを幸せにして。じゃなきゃオレ、悲しくて、泣いて、死んじゃうよって。
必死で抗うのに、止められない。言葉も、乱れる息も。
オレの中で怪獣が暴れてるみたいだ。
「オレのでいてよ、……ッ、は……、」
一織。
助けて。
「オレのっ、だって、い、言って……!」
「七瀬さん、息をして!」
頬をひっぱたくように一織が叱りつける。
「……っ、は、はっ、…………ッ」
「七瀬さん!」
ばちんと音が鳴るくらいの強さで、両頬が一織の手に挟まれた。乱れた前髪が触れあう。
「私を見て。七瀬さん」
強くまっすぐな瞳が、至近距離でオレを映してきらめいていた。火の色だ。いつだってオレを鼓舞し、立ち上がらせる、一織の炎。さっきまで泣いていたくせに、今だって目のふちは赤く腫れているのに。
オレの道を照らしてくれる、オレの航海士。
オレの、たった一人の、特別。
「――――っ、…………、っ、は…………」
「……。馬鹿な人」
眉尻を下げてひとつため息をつき、呆れたように一織は微笑む。それから。
「――――」
「……え……?」
オレはパチパチと間抜けにまばたきをした。
オレが錯乱のあまり幻覚を見ているんじゃなければ、オレの唇に優しく触れて離れたのは、一織の唇だ。
「コントロールするって言ったでしょう?」
ふふん、ってテロップが出そうな顔をして、一織が得意げに笑う。オレはさらに激しくまばたきをする。
ショック療法というやつだろうか、確かに一織の言う通り、呼吸はすっかり楽になっている。いるけども。
「って、ちょ……! いや、ええ……? そ、………えええええ…………」
「っふふ」
オレのあまりの混乱ぶりがおかしくなったのか、くしゃっと表情を崩すと、一織はオレの肩にコツンと額をつけた。
「冗談ですよ。さすがにプロデューサーの範囲じゃないでしょう。……まあ、半分くらいは本気ですけど」
「ど、どっち……」
「……わからないなら、わからないままでいようと思って」
あと、あなたがあまりに必死で、かわいいから。
照れ隠しみたいにぐりぐり額を押しつけながら、一織は言う。小刻みに肩が震えていた。笑ってるみたいに、……泣いてるみたいに。
「一織……?」
「なんだかもうめちゃくちゃじゃないですか、私達。原点に戻って考えるなら、私はあなたに幸せでいてほしいんです。笑っていてほしい。悲しませたくない。――私が、あなたを幸せにしたい。あなたを信じて、あなたに求められていたい。ずっと、……私達に終わりが来るのなら、その日まで。その先なんてわかりません。それでも、この感情に、あなたが、恋と名前をつけてくれるなら、……」
一織の手が、オレの部屋着を握り込む。
「――あなたを信じます」
小さな小さな、囁き。
一織の言う通り、めちゃくちゃで、ぐちゃぐちゃだ。叫び出したいような感情が胸を揺さぶる。もしこの選択が間違っていたら、一織の人生をずたずたにして、消えない傷をつけるのはオレだ。それが恐ろしくて、だのに嬉しくて、嬉しいと思ってしまう自分が嫌で、でも、手放せない。
「いつか私が、あなたを取り返しのつかないほど傷つけるのかもしれない。でも……。あなたを傷つけるのも、ほかの誰かじゃなくて、私がいいと思ってしまった。あなたが苦しんでいるのに、……私のことであなたがあんなに取り乱すのを見て、――嬉しいと、思ってしまった」
「一織」
「ひどいでしょう。幻滅するなら今がチャンスですよ」
「……一織。一織、顔上げて、オレのこと見て」
「いやです」
「泣いててもかわいいよ」
「かわいくなくて結構ですしそもそも泣いてませんけど」
「じゃあこっち見て」
「……………………」
根負けしたように顔を上げた一織の頬にはあきらかな涙の跡があって、オレがくふくふと笑うと、不機嫌そうに唇を尖らせる。
案外感情はダダ漏れなのに、意地っ張りで素直じゃない、そんなところも、好きだ。
「かわいい。好きだよ」
「……」
「オレのにしていい?」
「とっくにあなたのです」
見とれるほどきれいに一織は微笑んで、オレの手を取り、口づける。
「あなたの航海士で、あなたの翼。あなたの武器で、あなたの盾で、あなたのパラシュート。あなたのプロデューサー。あなたの……」
歌うように羅列する一織の唇を、オレは自分のそれでそっとふさいだ。
「オレの恋人。……最初にそう言ってよ」
「言わせてくださいよ。健闘を祈ります」
優しくて愛しくて残酷なオレの恋人はそう言ってくすくす笑うと、夢見るような顔でオレをうっとりと見つめた。
「――あなたは私のアイドル、私のスーパースター。私の夢、……私の恋。
わたしのすべて、七瀬陸」
夜空の色の瞳には、炎が赤く揺れている。