久々の地方ライブを翌日に控えた、ホテルでの夜のことだ。
明日、オレたちだけ会場入りまで時間あるだろ。デートしようよ一織! なんて陸が言うものだから、一織は思いきり冷ややかな声音で「は?」と返す以外の選択肢を持たなかった。
「辞書持ってますか七瀬さん。デートという言葉の意味をご存じでないようですが」
「なんだよ、知ってるよ!」
「はあ。では私とあなたの外出にふさわしい単語でないこともおわかりですね」
「! 一織、一緒に出かけてくれるの?」
「あなたが誘ったんでしょう? 言葉選びはともかく、特に用事はないですから外出自体は構いません。せっかく普段来られない土地に来ているんですし」
「やった!」
顔いっぱいに陸が笑って、ぱたぱたと足を動かした。ちょっと、埃を立てないで、と顔をしかめて注意しつつ、一織は脳内データベースを検索する。時間があれば行ってみたい場所をいくつか事前に調べておいたのだ。出かけようと言いながら陸が無計画であろうことは想定の範囲だし、一織だって陸が言い出さなければたぶん誘っていた。スマートフォンを取り出せばもっと詳しい情報が得られるだろうが、この場でそれをするのはなんだか気恥ずかしい。だってものすごく楽しみにしているみたいじゃないか。
ホテルの部屋はいつも通りにツインで、先に陸を風呂にやり、その時間を使って周囲の見所を簡単に確認する。それほど遠くない観光名所と、食べ歩きのできそうな商店街、最近オープンした洒落たモール。ざっくりと頭に入れて、あとは臨機応変でいいだろう。陸の好奇心の赴くままのぶらぶら歩きは、きっちりと予定を詰める一織の観光計画より、よほど面白いともう知っている。
そんなわけで翌日午前、歩いて食べて笑って、楽しく過ごしたテンションのままに二人はライブ会場へ向かった。変装はバッチリ、ルートは完璧、時間だって余裕たっぷりだ。
「ねえねえ、一織」
「なんです?」
「あれやっていい? ほら、前に、やるなら相談しろって言ってただろ」
「なんの話です?」
要領を得ない陸の話に、一織は首を傾げた。アレだよアレ! と指示代名詞ばかりを繰り返した末に、だからつまりさ、と陸が、両手の人差し指をつんつんと合わせながら上目遣いに見上げてくる。
「一織が好きだよーってライブで言っていい? って話!」
握りこぶしを口元に当てて、ンッ、と一織は咳払いをした。なんだこのかわいい生き物。仕草も言ってることもかわいすぎてどうしよう。
「そ、んなの」
「の?」
「……別に許可を取らなくても。好きに言えばいいじゃないですか。というか、いつもそういう感じのこと言ってますよね?」
「そ、そうだっけ?」
「そうですよ……」
ライブでの陸の、メンバーへの好き好き大好き! 攻撃なんて、もはやIDOLiSH7の名物みたいなものだ。あの熱狂の渦の中でなら一織だって、肩を組んだりハグをしたり、ノリにノッてれば私も好きですよと言葉で返しさえする。それをいまのシラフの状態で思い出させられるのは、恥ずかしいからやめて欲しいのだけれど。
「じゃあ、いいよね! やった!!」
「……ええ」
しかし。陸の大げさな喜びようを不思議がりながらもこのとき頷いてしまったことを、一織はのちのちまで後悔することになる。
なぜって、
「今日はみんなに、大事なお知らせがあります!」
「えっ」
「みんなには内緒にしてきたけど!」
「ちょっ」
「オレには好きな人がいます!」
「待って、待って七瀬さん!?」
「オレの好きな人、それは――」
雷鳴のごとき歓声と悲鳴と、メンバー全員の唖然とした顔と、七瀬陸の満面の笑み。とりどりの圧が強すぎて、キャパシティの案外狭い一織の手には余る。完全にパニックしたまま、陸の次の言葉を待つ以外なにもできなかった。
「ここにいる、和泉一織でーす!」
「はぁ――――!?」
「キャ―――――――――!?」
「知ってた――――――!!」
「おめでと――――――――――――!!」
「ねえ一織、オレと付き合って! アイドルのオレたちも、普通のオレたちも、ずっと一緒にいようよ! だって、」
かちんこちんに固まった一織を、陸が力強く抱きしめる。マイクを通したままの甘ったるい声が、会場中にわぁんと響いた。
「ずっとずっと、おまえが大好きだから!」
「……………………そ、」
「そ?」
「そういう! セリフは! 人前で言わない!!」
祝福の拍手と、なぜか降り注ぐ花吹雪と銀テープの中で一織が絶叫し、ライブ直後のSNSは #フラウェは超超超超超なかよし で埋まり、
「ガチっぽい」
「一織くんのあの反応はガチ」
「フラウェはよ結婚しろ」
などなど、察しのいい一部ファンに囁かれていたりするのだが――
「和泉一織さん、好きです。オレと付き合ってください」
「………………だからなんでそこから始めてくれないんですかあなたは……」
デキていなかったガチな二人は仕切り直しに忙しかったので、まだしばらくはご存じないようです。