あなたに虹を見せたい

『誕生日に虹が見たいなって一織にリクエストしたら、虹色に飾り付けしてお祝いしてくれた! すごいでしょ!』
 7月9日の朝、陸くんのラビッターアカウントにはそんなコメントと、華やかで、でも手作り感あふれる壁飾りの写真が投稿された。折り紙の星、七色の風船、造花、キラキラのリボン、Happy Birthdayの文字。またたくまにいいねとリラビート数が増えていくその投稿にわたしもハートをつけて、幸せな気分で写真に見入った。
 IDOLiSH7の仲良しぶりは何年たっても変わらない。前の寮からは引っ越したらしいけれど、相変わらず彼らは共同生活を続けていて、時々こうして素敵な写真をお裾分けしてくれるのだ。
 幸せをあらためて噛みしめる。推しの誕生日って最高。推しの誕生日にライブ参戦できるって最高! 日付が変わってすぐにお祝いメッセージを投稿して、新曲を聴いて、同担と語り倒したせいで若干寝不足だけど、そんなの全然気にならない。推しって健康にいいよね……。
 それにしても、虹が見たい、かあ。思わずお天気アプリを開いて東京の天気を調べる。残念ながら降水確率0%、ここ数日と変わらず危険な暑さで、虹が見られる場所はなさそうだ。
 虹かぁ……。
『わたし達もりっくんに虹、見せてあげたいなぁ』
 そうラビートしたら、同志からのいいねと、同意のリプがポコポコついた。虹、見せたいな。アイナナのペンライトは七色で、暗い客席に揺れるそれが虹みたいだって、彼らはよく言ってくれる。今日のライブでもそんな風に思ってくれるだろうか。今日のライブでは陸くんの誕生日のお祝いをするだろうし……ああ、でも、そのときは客席はきっと陸くんのカラーの赤一色だ。もちろんあれもとっても素敵なんだけど、でも。
『#陸くんに虹を見せたい』
 悩んで悩んで、ハッシュタグをつけたポストをしてみた。お祝いのとき、七色にしたいねって、虹みたいにきれいに色分けできたりしないかなって、書いてみた。正直、出しゃばりだと思う。イヤな人もきっといる。無視されるかな。でも……、でも、願うなら自由だ。そんな気持ちで。
 ――でも。
 奇跡は起きるんだって、ううん、起こされるんだって、わたしは知ることになる。

 * * *

 ライブロゴの入ったTシャツに着替えたメンバー達が、手を振りながらステージに戻ってきた。歌って踊って喋って3時間、最高に楽しくて幸せな時間をくれたアイドルたちは、汗まみれで、でも疲れた表情なんてちっとも見せずに、キラキラ輝く笑顔を振りまいてくれる。あいにくの席運で肉眼では顔が見えないけど、モニター越しだって充分だ。この日にこの同じ空間にいられる、それだけで幸せすぎる。
 ステージに立ったのは……5人。陸くんと一織くんは、まだ出てこない。少しざわめく客席に、三月くんが呼びかける。
「みんな~! 今日、なんの日か、知ってるよな!」
 知ってる~!! って、客席が叫ぶ。当然、わたしも。どきどきと胸が高鳴る。
 楽しい音楽が流れ始めて、ステージのモニタースクリーンにふわっと文字が浮かんだ。きゃあああって、ものすごい歓声があがる中、わたしは膝から崩れ落ちそうになっていた。だって。だって。嘘みたい!
『#陸くんに虹を見せたい』
 そこにあったのは、わたしが今朝、スマートフォンに打ち込んだ文字。その文字列は、あのあと驚くほどのスピードで拡散されて、トレンドランキングにも載った。たくさんの人が、やりたい! やろうよ! って言ってくれた。客席マップを使って色分け提案をしてくれた人もいて、その投稿も拡散されてた。でも、だからって、これは本当に現実だろうか。
 ステージ上の5人が、モニターを指差して、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 カチカチカチ、ペンライトの色を切替える音が、周り中から聞こえた。七色がまんべんなく散っていた客席が、少しずつ、少しずつ、色を変えていく。
 それは息を飲むような光景だった。
 震える手で、ライトを握り直す。スイッチを押す必要はなかった。わたしの手元に点る色は赤。りっくんの赤だ。ステージから一番遠いこの一帯に、赤い光が広がっていく。
 我慢できずに、涙があふれ出す。瞬きを何度もして、懸命に目を凝らした。だって、覚えていたい。この光景の記憶だけで、一生やってける気がする。
 一織くんにエスコートされた陸くんが、袖からゆっくりと出てきた。おぼつかない足取りで、たぶん目を閉じてるようだった。メンバーが自然と陸くんを迎えて、ステージ中央に連れて行く。
 客席を見渡して、満足そうに笑った一織くんが、陸くんの背中にそっと触れた。
「七瀬さん、いいですよ。目を開けて」
 三面あるモニターすべてが、陸くんの顔を大写しにする。一織くんの優しい声に促されて、陸くんは、ゆっくりゆっくりまぶたをあげた。
「…………、うわぁ…………っ!!」
 陸くんのその声を、浮かんだ満面の笑顔を、絶対、絶対、わたしは死ぬまで忘れない。
「すごい、すごいすごい、虹だぁ……!」
 きゃあああああって、今日いちばんの歓声があがった。陸くんの名前、おめでとうを、大好きを、愛してるを、叫ぶたくさんの声。揺れて、きらめく光。わたし達の赤から、アリーナ最前の紫まで、奇跡みたいな七色のグラデーション。
 あなたに見せたかった、虹。
 わたしたちの、虹。
 大好きを伝える、虹だ。
「みんな――、ありがとう――!!」
 大きく手を振って、陸くんが叫んだ。その声に応えながら、この会場でも彼からいちばん遠いこの場所で、たったひとつの赤い光を揺らす。
 ばかみたいに泣きじゃくるわたしの背中を、知らない誰かがそっとさすってくれた。また別の手が、肘のあたりを支えてくれている。ただ同じ空間にいるだけの、ただ同じものを愛しているだけの、優しいひとたちの波の中に、わたしは立っている。
 気が遠くなるくらい、幸せだった。
 大好きなあなたも、わたしたちも、この気持ちも、あの笑顔も、消えない虹じゃないって知ってる。
 だけど、それでも。この一瞬が、この幸福が、永遠になるって思えるよ。