星の海から愛を込めて

 やあ、賢者様。久しぶりだ。元気にしていた? まだ猫は好き? そう。ムルだよ。あはは、驚いてるね。サプライズ成功だ。
 俺も少し感じが変わった? うん、そうだろうね。この俺は賢者様が帰ってからおよそ三千年後の俺だから。正確に言うと二九二六年後だ。残念だけど、まだ八億年は生きてない。
 あちらもだいぶ変化があったよ。科学がずっと進んでね。魔法科学もそうだけど、マナ石を動力にしない技術も進んだんだ。うん、そう。俺の発明だよ。魔法科学に比べると制約が多いけれど、燃料の調達にメリットがあるからね。魔法使いも魔法生物もずいぶん減ってしまったから、魔法科学装置はコスパが悪くなっちゃった。最近は金持ちの道楽アイテムになっている。
 いまの俺? 色々あるけど、最近はずっと宇宙飛行士をしてる。生身じゃ宇宙に行けないからね。宇宙に行ける船を作ったんだ。そうだよ、俺はとうとうあの愛しい大いなる厄災に降り立った! もう二千年くらい前の話さ。
 あの日の興奮ときたら、十年かけても語り尽くせる気がしないな。それから調べて、調べて、調べたけれど、まだまだ知りたいことばかり。最近は、もっと遠くに出かけてる。俺たちの星や、あの月の、ふるさとを探しているんだ。
 そうだ。賢者様が教えてくれたウラシマ効果も検証できたよ。宇宙船をどんどん速くして、どんどん遠くに出かけて……、戻ってみたら、俺の時間とみんなの時間がずれている。その繰り返し。
 そう、だからね、さっきは三千年後と言ったけれど、俺にとっては千と二百年くらいなんだ。寂しくないかって? どうだろうね。昔から、人間は俺より先に年を取って死ぬものだったから。そういう意味では、あまり変わらなかったかな。帰るたびに社会が様変わりしていたのは面白かったけど。
 だけどね賢者様。
 地上に帰還して、ベネットの店に行ったら、――シャイロックが石になってた。
 俺にとったらほんの三、四年さ。昔から、それより長いこと彼に会わなかったことだって、しょっちゅうあった。
 でもその間に地上では百年近く経っていたってわけ。
 四千歳生きた魔法使いなんて、ほとんどいない。彼のほかにはオズくらいさ。年寄り連中も、俺たちより若いのも、とっくに石になっちゃった。わかっていたはずなのにね。彼はずっと、本当にずっと、変わらずにあの店にいたから、俺がふらっと顔を見せるたび苦笑して迎えてくれていたから、すっかり忘れちゃってた。俺の記憶は都合がいいから。
 彼がどんなふうに石になったのか、誰も知らない。
 俺が旅立ってからしばらくして、彼は店を閉めたみたいだ。オズに会いに行ってはみたけれど、彼も長いこと引きこもっていてね。いつしかシャイロックからの音沙汰がなくなって、それきりだって言っていた。
 ベネットのワイン――賢者様、覚えてる? そう、彼の生家のワイン。彼がずっと大事にとっておいてた、最後の一本が、カウンターに出してあったんだ。彼のお気に入りのグラスも、ひとつ。
 彼の石は、その近くで見つけた。きれいだったよ。彼の瞳によく似た、深い赤い色で、キラキラ光ってた。
 帰還予定を彼に話していたかどうか、あまり記憶にないんだ。俺が宇宙に出るのはいつものことだったからね。科学関連のニュースを追えばわかったかもしれないけれど、どうだろうね。彼は俺の研究にあまり興味がなかったから。
 彼が最後まで俺を待ってたのか、もう待ってはいなかったのか、わからない。
 それで……、実はね、賢者様。俺はきみにひとつ嘘をついた。宇宙飛行士はちょっと休業中。目下の俺は、魔法科学装置の発明者なんだ。
 きみが今目にしている、これだよ。時空間を移動する装置だ。きみの世界の言葉で、タイムマシンと呼ぶのだっけ。
 科学技術には不可能だよ。魔法でも無理。俺の見つけた宇宙の真理を組み込んだ、この魔法科学装置が、世界で初めて可能にした。
 動力はもちろんマナ石さ。
 彼のマナ石だよ。
 すごくエネルギーがいるから、彼ほどの石でも、片道で半分近く使っちゃった。戻ったら、たぶん二度と動かせないな。オズを石にするのは俺じゃ無理だろうし。
 そんなわけで、三千年後の俺がこうやってきみの前にいるってわけ。
 シャイロックに会いに? そうだね、俺もそのつもりだったはずなんだ。
 ……でも、気づいたらここに来てた。
 だって、俺の彼は、もういないもの。それは変わらない。そして俺は彼のことを憶えてる。
 たくさん、たくさん、憶えてるんだ。
 ずっと、いちばん、俺とつながっていたひとだから。
 忘れてるままのこともあるんだろうね。彼が思い出してほしがっていたことも。もう、わからないけれど。
 ねえ、賢者様。俺はたぶん、誰かに彼の話をしたかっただけなんだ。
 彼のことがちっともわからないままだった、俺の話を、誰かに聞いてほしかった。
 ねえ、晶。
 大好きなひとに会えないのって、さみしいね。
 すごくさみしい。

 ――さあ、もう行かなくちゃ。
 また宇宙飛行士に戻るよ。次はもっともっと遠くまで行く。
 星の生まれた場所を見に行かなきゃ。
 きみも、俺も、彼も、俺のいとしい大いなる厄災も、全ての魔法も、そこから生まれたんだ。
 ただいまを言いに、星の海を渡るよ。ワクワクするでしょ?
 どれだけ探求しても、この世界は知らないことばかりさ。きっと、永遠に。
 じゃあね、賢者様。
 きみの猫によろしく。