男は、心の底からヒーローを憎んでいた。
それは十五年ほど前のこと。
とある宝石店に強盗が押し入った。銃器を所持した三人組の犯人が店員と客の計八名を殺害しショーウィンドウに飾られた高価な宝石類を根こそぎ奪って逃走した。あまりに乱暴で残虐な事件だった。
すぐさまヒーローが出動。犯人グループの中にNEXTがいたため、市民を巻き込んだ派手な逃亡劇が展開された。スリルに満ちたNEXT同士の争いののち、犯人グループをお縄にしたヒーローたちに、視聴者は喝采を送った。盗まれた宝石類のほとんどは爆発に巻き込まれたり海に落下したりして回収不能となったが、宝石店には保険金が支払われ大きな損害はなかった。犯行の残虐性、被害額の大きさ、そして逮捕劇の派手さから、その後も特番などでたびたび取り上げれることになる事件だった。
事件の犠牲者たちの名は多大なる同情をもって語られたが、移り気なシュテルンビルト市民はあっという間にその名を忘れ去った。のちに事件が話題にのぼるとき、取り上げられるのは被害に遭った宝石店や、活躍したヒーローの名ばかりだった。
そんな哀れな犠牲者の中のふたりが、当時まだ十代だった男の伯父夫婦だった。母親を早くに亡くした男を可愛がり、多忙な父親に代わってなにかと世話を焼いてくれた、気のいい夫婦だった。
子供のなかった伯父夫婦の遺品は、男の父親に引き渡された。
遺品の中に、伯父の携帯端末があった。
男がその中に残された録音データに気づいたのは、事件から数日が過ぎた日のことだった。
事件が起きたまさにその時間に記録されたものだった。
短い音声データを再生してみた男は、初め耳を疑い、何度も繰り返し聞いた。それから顔面を蒼白にして父親を呼びに行った。
記録されていたのはおぞましい会話だった。
『おら、ずらかれ! あと五分で中継来んぞ』
どこか聞き覚えのある男の声ががなる。応じる柄の悪い声が三つ。
『わーかってるって、十年ぐれえムショで我慢すりゃ仮釈だ、分け前ちゃーんと用意してるからよ。せいぜい派手に暴れてくれや』
走り去る足音。
しばらくして、どこかと通信しているらしき、同じ男の声。
『あーもしもしぃ? 今逃げたぜ、――そーだよイーストブロンズ方面。なー俺のトランスポーターどーなってんの? あーオッケ、んじゃそっち行くわ。いーアングル頼むぜぇ?』
近づく足音と、
『……あん? てめぇ生きてんのかよ。ちっ、あいつらあめェ仕事しやがって。運が悪かったなあ、オッサン!』
いくつもの破壊音。男性の――おそらくは伯父の――耳を覆いたくなる、断末魔の、声。
『ヒーロー様に殺されるなんて激レアだなぁ? やっぱ運いいぜオッサン! ッはははは!』
哄笑。
犯行グループに指示を送り、伯父を殺害した、第四の男の声が、そこには残されていた。
それは確かに、テレビから毎週のように聞こえてきていた、とある人気ヒーローの、声だった。
父親は端末を持って警察へ駆け込んだ。警察は由々しき記録であると端末を受け取り、しかしどれだけ待っても捜査の進展は知らされなかった。しびれを切らして再度警察を訪ねれば、そんな記録など受け取っていないとすげなく追い返された。
証拠が握りつぶされたことは明白だった。
警察に届ければ大丈夫と信じていた実直な父親はデータを複製しておらず、裁判を起こそうにも、メディアに訴えようにも、証拠は何ひとつなかった。それでもこの真実を世に知らしめようと父子はあちこちに訴えかけたが、どこにも相手にされず、反対に誹謗中傷の咎で訴えてもいいのだと脅される始末だった。
兄夫婦の無念を晴らせなかったことに落胆した父親はふさぎこみ、体調を崩し、失意のうちに世を去った。
男に残されたのはヒーローへの憎しみだけだった。
それはヒーローを愛しヒーローに守られた街シュテルンビルトでは、誰にも言うことのできない秘められた、それだからこそ強く強く凝っていった思いだった。
*
男は金の匂いを嗅ぎわける才に恵まれていた。ヒーローを信じない、何物にも縋ろうとしない精神も、ヒーローに甘えるこの街で男を際立たせるファクターのひとつだったかもしれない。父の残した遺産と保険金を学生時代にデイトレードで何倍にも膨らませ、大学卒業と同時にそれを資本金として金融会社を興した。少数の、しかし男と同様の才能を持つスタッフたちとともに、不眠不休でがむしゃらに働く日々が続いた。
男の会社は凄まじい勢いで成長した。吸収合併を幾度も繰り返し、多くの会社を傘下に収め、とうとうシュテルンビルトの金融業界の頂点にまで上り詰めた。シュテルンビルトの七大企業に名を連ねるまでになった新興ファイナンスの、若きCEO。経済界の寵児としてマスコミは何度も男を取り上げた。かつて男の伯父の悲劇に見向きもしなかったマスコミを男は嫌悪していたが、そうした私心を隠して笑顔で取材に応じ、自社に有利な受け答えを披露するくらいには、世慣れたビジネスマンに男はなっていた。
そんな男が、珍しく顔をゆがめたのは、司法局からとある申し出を受けた日のことだった。
