「うん、そうなんだ……が。意外、だろうか」
珍しく歯切れの悪い口調になったのは致し方ないと思ってほしい。
学生時代はスポーツと学業に、長じてからはヒーロー業に打ち込み、過去の女性関係は淡い思慕止まりが片手で足りる数、あいつもしかしていまだにコウノトリが赤んぼ連れてくると思ってんじゃねえのとどこぞの同僚にあんまりな疑惑をかけられている純情培養男キース・グッドマンが、二十代も後半にして初めて経験した激しい恋のお相手なのである。
好き、の想いが溢れすぎて、相手の反応が気になって仕方がない。
キースから押しに押しに押しまくって、泣き落としまでして、最後にはイワンの優しさにつけこむような形で始まった(と、キースはいまだに思っている)つきあいであるだけに、尚更だ。
ももももしかしてがっかりされてしまった!? イワン君はもっと背の高い男が好みなのだろうか!? と、一見穏やかそうな表情の裏でぐるぐるしているキースを上目づかいに見上げて、イワンは相変わらず何か考え込んでいる様子のまま、あっさりと頷いた。
「え……そうですね、意外といえば、意外、かな」
――否定してくれなかった。
「慣れっこになっている」はずの反応に、キースは自分でも驚くほどのショックをうけた。
わかっている、イワン・カレリンは女性ではない。たしかに線の細い印象はあるし顔立ちは繊細に整って人形のようだし目立たないけれども睫毛はびっくりするほど長かったりするのだけれど、れっきとした男だ。でもイワンはキースの恋人で、まだ浅いキスや遠慮がちなスキンシップくらいまでの関係ではあるけれども、いずれはベッドをともにしたいとキースが熱望している相手であって、――そしてその折にはできるなら自分が抱く側になりたいとキースは思っている。
イワンがそのことをどう考えているかはわからない。いまはキースの恋人になってくれているけれども、もともと恋愛対象はごくノーマルに女性だったイワンだ(それはイワンに恋をするまでのキースも同じだが)。そうした身体の付き合いまでは考えに入れていないかもしれないし、仮に考えてくれていたとしても触りっこまでの可能性だって十分ある。実際、挿入という行為をせずに満足している同性カップルも多いのだと、キースも知識としては知っていた。
――でも、抱きたいのだ。
男性同士のそういった行為では、身体的にも精神的にも、受け入れる側の負担が多いこともわかってはいる。だから。だからせめて、自分が「男性役」でイワンが「女性役」であるという、自分の一方的なわがままによる割り振りを、なんとか許してもらえる理由がひとつでも多く欲しかった。たとえば互いの体格差だとか。年齢やそれまでの経験だとか。
身長差だとか。
そう、いまこのときまで、具体的な数値を口に出してしまうまで、キースは自分の身長はそういう理由のひとつになり得ると思いこんでいたのだ。だが、言った途端に思い出した。キースとはちょうど逆に姿勢だとか視線の角度だとか鍛えてもなかなか肉のつかないスリムな肢体だとかヒーロースーツ時のあからさまな高下駄が与える印象だとかで実際よりだいぶ低く見えるイワンは、たしかに実際に小柄には違いないけれどしかし――
そんなキースのめまぐるしい思考をよそに、
「んと、あの、……ちょっと立ってもらっていいですか?」
キースの足元のラグにあぐらをかいてクッションを抱えていたイワンが、クッションをソファに戻して自分も立ち上がりながら言った。
「え?」
どきりと胸が鳴るのを、表情に出さないようにつとめて無視をする。
「立てばいいんだね。ここでいいかい?」
「はい、すみません、お願いします」
言われたとおりに、ソファから降りてラグのうえに立つ。キースの家のリビングはしばらく前から土足禁止仕様になっていて、来客時には室内履きを用意するが、こうして二人でくつろぐときにはお互い裸足になるのがならいだ。和風建築の自宅ではいつも裸足ですごしているイワンを喜ばせたくてうまれた習慣だが、キースもいまではとても気に入っている。彼が特別に意識していないことはわかっていても、靴を脱いで素足を見せる距離を許されているようで嬉しいし、なにより気安く晒されるイワンの素足はセクシーで魅力的だ。
その、大好きなすらりとした白い足でさくさくとラグを踏んで、イワンはキースの正面に立った。手を伸ばせば触れられるだろう距離、から、意を決したようにもう一歩。
それからイワンはすうっと大きく息を吸い込み、折紙サイクロンのスーツを脱いで私服になるといつも丸まってしまう背中を、ぐ、と伸ばした。
そして最後に、細いおとがいをゆっくりゆっくり上げて。
ほんのり頬を染めたイワンの、菫色の瞳が、いつになく近い距離からキースを見上げた。
その距離をあらわす数字をキースは知っている。
5cm。
175cmのキースと170cmのイワンとの距離は、ほんとうは、たったの5cmだ。
それもいずれ、さらに縮まるのだろう。イワンの背が、急激にではないがまだ少しずつ伸びていることもキースは承知している。
すまない、がっかりしたかな、と、弱気がぽろりと口からこぼれそうになった、――その直前。
「ほんとうだ、……うれしいな」
頬をもう一段階赤くして、照れたような笑みを浮かべるイワンを、キースはぽかんと見つめたのだった。
