私ときみの5センチメートル - 3/3

「嬉しい、……のかい?」
「……はい」
 キースの問いかけに、はにかんだ表情でイワンは頷く。
「なぜ?」
「なぜ、って……」
 重ねられる端的な質問に、唇をむぐむぐさせる。それは答えにくいときの彼の癖だが、キースがじっと見つめていると根負けしたように口を開いてくれた。
「…………だってあの……思ってたより身長、近くて、そしたらスカイハイさん、じゃない、キースさんが、なんだか少し近くなったような気がして」
 目を伏せれば髪と同じ淡い色の睫毛が目元に影を作る。その長い睫毛が震えるさまを、キースは声もなく見つめながら、イワンのつっかえがちな声に耳を傾けた。
「キースさんはすごいひとで、……僕なんか全然届いてないんだってわかってます、わかってますけど、でも、あの、スカイハイさんのときはすっごい見上げてるし、キースさんのときも僕、見上げるばっかりで、でもこうやってがんばって背中伸ばしてみたら、キースさんが案外近くて、なんか安心したっていうか、僕チビですけど実はまだ身長伸びてるし、もしかしたら身長だけでも追いつけるのかなって思って、」
「イワンくん」
「ごめんなさい生意気言ってますよねでもほんと嬉しくて、いえあのキースさんが背が低いとか言ってるんじゃなくて、あの」
「イワンくん、……イワンくん」
 どんどん早口になり、せっかく伸ばした背中も少しずつ丸まっていくイワンの名を、キースは繰り返し静かな声で呼ぶ。
 せっかくせいいっぱいの勇気を出してくれたのだろうに、おそらくはキースが黙っているせいでまたいつものようにネガティブスパイラルに入っていくイワンの気持ちを、早く上向かせてやりたくて気は焦って、でも。
 喜びと愛おしさで胸がいっぱいになっていて、言葉がそれしか出てこない。
「イワンくん」
「…………ごめんなさい……」
 いつもの距離まで遠ざかってしまったつむじを見せて、ぐすん、と鼻をすするイワンの淡い金色の髪を、キースはこわれものに触れるようにそっと指先でなでた。
「イワンくん。謝らないで。ね、顔を上げておくれ」
「うぅ……」
「ね。お願いだから」
 懇願を繰り返しながら辛抱強く待っていると、ようやくイワンがおどおどと顔を上げた。
「嬉しいよ」
 にっこりと微笑んで、キースは涙にけぶった菫の瞳を見つめる。
「身長についてあれこれ思ったことは今までなかったけれど、きみがそう言ってくれるなら、私はこの身長で良かったと思う。きみは、折紙サイクロンくんは、私に追い付くどころか、とっくに私以上にすばらしいヒーローだと私は思っているけれどもね。でも、きみが私をそんな風に思ってくれているのはとても嬉しい、嬉しいんだとても」
「……キースさん……」
「告白するとね、私があまり背が高くなくて、イワンくんにがっかりされたらどうしようかとさっきちょっと心配してしまった」
 実のところ「ちょっと」ではなかった感情を、少しのごまかしとともに白状する。
「そんなこと……っ」
「うん。すまない。私はきみを見くびっていたね。……いい大人が情けないが、きみは優しいから、ほんとうは私ばかりが好きなのではないかと、つい思ってしまって」
「そ、そんなの、僕もです、僕のほうがです……! だって、だってスカイハイさんのことずっと憧れで、キースさんのことずっと好きだったから、信じられなくて、キースさん勘違いしてるだけなんじゃないかって、ほんとは僕だけが、僕ばっかり好きなんじゃないかって、僕」
「――え」
「……あっ、あ、…………あぅ」
 ぼん、と音が聞こえるような勢いで、イワンの上半身がこれ以上ないほど真っ赤に染まった。
 あわあわと唇を開閉するイワンの顔がさっきと同じ距離にまで近づいていることに、いまさらのようにキースは気づく。
 ほんとうに、なんて、すばらしく近い距離!
 もう一度遠ざかってしまう前にと、キースはイワンの燃えるように赤い頬を両手でつかまえて、ありったけの想いをこめたキスをする。
「~~~~~~~~~~~~~~っ!」
 じたばた暴れるイワンを逃がさないようにがっちり抱きしめて、もう一度。
「イワンくん、ありがとう、そしてありがとう!!」
 世界中に叫ぶように告げて、3回目のキス。
 長い長いそれが終わって、くたりとキースに身体をあずけてしまったイワンの耳元に、
「もうひとついいことを見つけたよ、背が近いから、キスするまでの距離もとっても近いんだ!」
 喜びいっぱいに告げたら、イワンはああああああああと呻いて、両手で顔を覆ってしまった。

 でも指の隙間からちらりとこちらをうかがう菫の瞳が、隠しようもなくとろりと甘くとろけていたから、キースはとてもとても幸せになったのだった。

おしまい!

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