【前編】
恋愛感情として、おまえが好きだ、と。
福富寿一が東堂尽八に想いを告げたのは、三年の夏の終わりだった。
高校三年間の集大成だったインターハイを準優勝という結末で終え、内臓がばらばらになるような悔しさをどうにか飲み下して、部長副部長の役職をふたりは下の世代に引き継いだ。
結果はどうあれ、背負ってきた肩の荷をようやく降ろした安心感が、胸の内に長く抱え込んできた言葉を、ぽろりとこぼさせてしまったのかもしれない。
東堂に返事を求める気はなかった。ただ告げておきたかっただけの想いを、よもやおなじ強さで返してくれるとは、福富はかけらも予想していなかった。
唖然とする福富に、東堂は笑って、幼子に言い聞かせるようにもう一度言った。
「俺は、おまえが好きだよ、フク」
引き寄せ、衝動的に重ねた唇を、東堂は拒まなかった。
卒業までのおよそ半年を、ふたりで寄り添って過ごした。
福富は新開とともに早々に明早大への推薦内定を勝ち取り、級友たちより数歩早く大学受験から解放された。インターハイ三位入賞、数々のヒルクライム大会を制してきた東堂も、本人が望めばスポーツ推薦はたやすかったろうが、東堂は結局、大学進学とは別な道を選んだ。進路に関して東堂が福富に相談をすることはなく、福富も口を出すことはなかった。決まったことを互いに報告し、そうかと頷いて、それだけだった。
一方通行だと互いに思っていた気持ちのベクトルが向き合っていると思いがけなく知ってからも、二人の関係に友人の域を越える、明確な名前がつくことはなかった。恋人だとか、交際中であるとか、そういうものは、ひとつも。
ただ、幾度かキスをした。
こわごわと近寄り離れる唇から吐き出される吐息が、熱いと思ったことはあった。
冬の消灯前の時間にどちらかの部屋を訪れて、とりとめなく語らい、言葉の切れ目に唇をふれあわせて、どちらからともなく身体に腕を回したこともあった。もう冬も深まっていた頃で、フクはあたたかいな、と東堂が小さく言って笑った。
福富と東堂で平熱がすこし違うことを、ふたりが知ったのはこのときだった。
それから先の行為というものを、知らず、望まなかったと、そう言えるほど福富は幼くなく、東堂もおそらくそうだった。健全にスポーツに打ち込む人間として、熱を持て余さずエネルギーに変えるすべを知ってはいたが、そもそも福富が同性である東堂への感情を友情ではなく恋情だと結論づけるに至ったのは、東堂に対しての否定できない性的欲求が根拠だったのだ。
それでも、ふたりはその先へ進むという選択肢を慎重に退け、見ない振りを貫いた。話題に出すことすらしなかった。自分か、もしくは相手の身体がうっかりと反応してしまったときには、ぎこちなく離れ、目をそらして、上滑りする言葉を口にしながら逢瀬を終わらせた。
一度でも一線を越えてしまっては、きっと戻れない。その予感を、おそらくふたりともが共有していた。
――戻れなくなっては、いけないのか。
自室でひとり、汚れた右手をまじまじと見下ろしながら自問することもあった。好いていると告げ、おなじ気持ちだと答えを貰った。ならば、ふたりの関係を進めていけないわけがあろうか、と。
熱を吐き出し、醒めたはずの福富の脳裏には、先ほどまで思い浮かべていた東堂の姿がちらついた。福富を見上げる整ったかんばせ、くちづけのあとの染まった頬、部室で、あるいは寮の浴場でかいま見るしなやかな肢体――ここまでは知っている。
それを組み敷きたいと、思う。
その身体が紅く染まるさまを、福富の下で息を荒げるすがたを、か細く福富の名を呼んで果てる声を、思った。
それはすべて想像だ。年頃の青少年らしく水面下でやりとりされるいかがわしい雑誌やDVDによって知った女のみだらさに、東堂を重ねているだけだった。
そして福富は首を振る。
東堂は男だ。
福富よりは小柄であり、その顔立ちはうつくしくどこか中性的で、伸ばした髪を女性的なアイテムでまとめてはいるけれども、間違いなく東堂は男だった。
からだの性別が男だという、それだけの話ではない。本質的に東堂はおとこだ。たたかうものだった。
つよい、おとこ。
おそらくは福富よりも。
彼の走りがそのまま示す、欠けるところのない正しく美しい強さにこそ、福富は惹かれたはずだった。
その東堂を、女のように組み敷きたいという自分の欲望が、福富はいつもおそろしい。
いっそ逆ならば――あの男に女のように愛されたいという欲であれば、福富がためらうこともなかったのかもしれない。けれども幾度考えても福富が東堂に向ける肉欲はそのからだを抱きたいと、ありていに言えば「犯したい」というものでしかなく、だから福富は、すぐそばにいる現実の東堂に手を伸ばすことができなかった。
一線を越えるとは、福富にとってはすなわち、東堂を福富のおんなにするということだ。
それは東堂を侮辱する行為だとしか思えなかった。
汚したいと求め、汚してはいけないと自戒して、結局いつも後者が勝った。
――おまえが、俺に、抱かれたいと願ってくれるならば。
そんな身勝手なことを考えた。できるなら言葉で、そうでなくても仕草や、態度で、そのようにして良いのだと、福富にそうあつかうことを許すと、東堂が教えてくれたなら――
福富のひそやかな願いが叶うことはなかった。東堂はむしろ、福富にそうした隙をかけらも見せないように振る舞っているようでもあった。いつも毅然と背を伸ばし、悠然と笑った。
おそらくはそれが、東堂のこたえだった。
そうして福富と東堂は対等な男と男のまま、くすぶる欲を押し込めたまま、卒業式を迎えた。
その先の約束は、ひとつもないままだった。
「元気でな、フク」
さすがと言うべきか、ボタンというボタンをすべて失ったすさまじい姿の東堂は、最後にそう言ってひらりと手を振り、笑った。
自転車競技部の元主将と元副主将、絶対的エースと神とすら呼ばれたエースクライマーだ。門を出るまで、それぞれの周囲には別れを惜しむ後輩たちが群がり、周囲の目のないところで言葉をかわす暇などあるわけもない。
実家が近く、受験勉強も必要ないという理由で、一足先に退寮を済ませることにした東堂は、最後の晩に福富の部屋を訪ねた。卒業式の一週間前のことだ。結局それが、ふたりきりで過ごす最後の時間になった。
もとから口の重い福富はもちろん、トークが自慢の東堂すら、あまり言葉は発さなかった。実のところ饒舌な東堂というのは彼のいくつもの顔のひとつであり、余人を交えず福富といるときは口数がぐっと減るのだったが、それにしてもその日の東堂は言葉少なだった。
並んでベッドにもたれ、なにをするでもなく、寄せた肩のあたたかさを感じながら時間を過ごした。
消灯間際にようやく見つめ合って、そっと唇を重ねた。
やはり重ねるだけの、臆病なキスのままだった。
「……おまえが好きだよ、フク」
吐息に混じらせて告げた東堂の、左の目からひとつぶだけ、ぽろりと涙がこぼれて頬を伝った。
きまじめに消灯時間にあわせて自室に帰る東堂を見送ってから、拭った親指を濡らしたそれを、福富は口に含んでみた。
ほんのりと塩辛いそれが、福富の初めて知る、東堂の体液の味だった。
* * *
それから七年の月日が流れた。
大学自転車競技界に鮮烈な記録を残した福富は、周囲の期待通りに国内のトップチームに迎え入れられた。福富の父もかつて所属した名門である。そこでも福富は順当に頭角を現し、若くしてチームのエースとして君臨していた。
『寿一! 寿一聞いてくれよ!』
新開隼人が息せききって電話してきたのは、オフシーズンを迎えたばかりのある日のことだった。福富同様プロのロードレーサーとなり、いまはライバルチームのスプリンターとして活躍している新開は、その鬼気迫る走りにいっそうの磨きをかけているが、バイクを降りればのんびりと穏やかな、和を尊ぶ性質であるところも昔から変わらない。その新開が珍しく血相を変えているのが、電話越しにもわかった。
「どうした新開」
『尽八見つけた!』
新開の言葉に、福富は危うく電話を取り落とすところだった。
高校を卒業したら実家の旅館で働き、いずれは家業を継ぐのだと周囲に告げ、大学進学も企業への就職も、ましてやレーサーとして実業団入りもしなかった東堂が行方知れずになったのは、福富らがまだ大学に在学していた頃のことだ。
福富、東堂、新開、荒北。三年生のインターハイをともに走ったメンバーの強固なつながりは、卒業してかたちを変えても続くだろうと、福富ははじめ漠然と考えていた。聞けば新開も、似たようなことを思っていたらしい。中学生から大学まで同じチームに所属し続けたふたりの、それは無意識の甘えだったのかもしれなかった。
静岡の洋南大学に一般受験で進学し、かつてのライバル校の主将だった金城真護をチームメイトに、福富と新開を敵にと立場を変えた荒北は、いつだかのレース後につき合わせた飲み屋で福富と新開のそんな述懐を聞き、おまえら可愛いねェと笑った。バカにする笑いではなく、高校時代にときたま見せたような、どこかくすぐったそうな笑いだった。
笑って、ジョッキのビールをくいと呷った荒北の反らした喉は、高校時代、好んで飲んでいた炭酸飲料に口をつけるときのそれとよく似ていて、けれども違うものだった。既視感と違和感のふたつを苦いビールで飲みくだし、慣れない味に福富は唇をへの字にして、荒北にまた笑われた。
春にようやく成人の仲間入りをした福富が、いっぱしの大人の顔をして酒を飲む荒北を見慣れないと感じるほどに、隔たりはすでにそのとき、厳然と横たわっていた。
だって尽八がさぁ、と、唇をとがらせたのは新開だ。
二年生のはじめ、本人曰く「運命的に」出会ったライバル巻島裕介に、巻ちゃん巻ちゃん巻ちゃん! と男子高校生同士とは思えぬ頻度で電話をかけ続け、インターハイ直後に巻島が渡英してからもまめに連絡を取っていた東堂が、卒業後もメンバーを取り持つ役を担うのだろうというのが、本人以外の全員の予想だった。
連絡さえそれなりに密にしていれば、ひとつ屋根の下に暮らした高校時代よりは離れたとはいっても東京二十三区と静岡東部と箱根、実家に至っては全員神奈川県内である。おまけに大学進学組は自転車競技部所属だ。年に数回集まるのに支障のある距離ではない――ないはずだった。しかし蓋を開けてみれば、他愛のない近況報告こそちらほらとあるものの東堂からのアクセスは思ったよりずっとまばらで、長期休暇の時期に集合がかかることもなかった。
卒業して初めてのインターハイを連れだって応援に行ったときも、東堂の姿はなかった。真波山岳――在学中の東堂にことのほか可愛がられ、二年生になったこの年には初日の山岳賞をはじめとする活躍を見せたクライマーは、東堂さん? ときどきメールくれますけど、と、困ったように眉を下げて首を傾げた。
「会いに来てくれたことはないです。一回も」
主将の泉田も、副主将でありもともとクライマーとして東堂と交流の浅くなかった黒田も、真波の言葉に首肯した。仕事忙しいんスかね、報告したいこともいろいろあるんですけど。残念そうに呟かれた言葉にこたえてやれるものは、誰もいなかった。
卒業して最初の夏も冬もそうして過ぎて、焦れた新開がようやく声をかけ、大学が春休みになるころに横浜で集まることになったのだが、一度はOKした東堂は前日になって仕事が忙しいから行けないと謝ってきて、そのときも結局顔を出すことはなかった。
社会人に仕事を理由にされてしまうと、すねかじりの学生が文句をつけられるはずもない。学生に時間のできる長期休暇のシーズンは観光地にある旅館の繁忙期と重なると考えれば仕方ないだろうと納得した面々だったが――それが二回三回と続き、真波らの卒業の年のインターハイにも顔を見せないとなると、さすがに不審がりはじめた。
『新開がさみしがっている。真波も会いたいと言っていたぞ』
福富が東堂の携帯にメッセージを送ったのは大学二年生の冬のことだ。三人にまとめて送られる近況報告への返信ではなく、東堂ひとりにあてたメッセージを福富から送るのは、実に卒業以来のことだった。
新開や真波を理由にするのは卑怯だと思いはしたが、福富自身の感情をぶつけては返信もくれないような気がしていた。
『すまんね、なにしろ忙しくてな』
数時間後に届いた返事は東堂らしくもなく短く、福富は眉をひそめながら二通目をしたため、一時間におよぶ逡巡の末に送信した。
『顔を出さないのは俺のせいか』
次の返信は速かった。
『いいや』
ただひとこと。
それが東堂の本心なのか嘘なのか、福富には判断がつかない。
もやもやとしたものを抱えながら眠りにつき、すっきりとしない目覚めを迎えた福富は、時間を確認するために引きよせた携帯電話に、メッセージの着信通知を見つけて目を見開いた。
『俺はいまでもおまえが好きだよ、フク』
03:47という送信時刻の表示されたその画面を、福富は何度も、何度も見つめ、無機質なデジタルの文字列を指でなぞった。
関係は終わったのだと思っていた。
想いは葬られたのだと。
大学という、言うなればモラトリアム期間を得ている福富とは違い、社会人になる東堂が先のことをひとつも言わなかったのは、卒業を区切りに終わりにしたいという意志だろうと――そう受け止めていたのだ。
東堂にとって、あれはままごとのような、かりそめの恋だったのだろうと。
――違ったのか。それとも、終わらせるつもりで、終わらせられずにいるのか。
いまでも、好きだ、など。
許されるならそれは、福富こそが東堂に伝えたいことばだった。
『会いたい。東堂』
けれど福富の送った三通目、そしてそれ以後のメッセージに、返信が来ることはなかった。
東堂とのやりとりから数週間後、福富は箱根の東堂庵を訪れていた。
動いてみればあっけないほどに近い距離だった。あたりまえだ。そもそも福富は箱根山の麓、秦野のうまれで、東堂庵からほど近い箱根学園で三年間を過ごしたのだ。土地勘ならありすぎるほどある。
『ああ、その号なら実家の部屋にあるはずだ! 取ってこよう!』――古い雑誌を取りに東堂が夕食後にリドレーでかっとんで行ったのは、三年になってすぐの頃だったか。背負ったバッグを膨らませた東堂が意気揚々と戻ってきたのは、まだ消灯にもならない時刻だった。
軽く息をはずませ、ついでに持たされたという和菓子を配ってまわる東堂の得意げな顔を、福富はいまでも覚えている。さまざまな表情の持ち主だった東堂だったけれども、その日の彼は年相応の可愛らしさというラベルのついた箱の中だ。
「わざわざ来てくれたのにごめんなさいね、福富くん」
比較的手すきに見えた従業員をつかまえて来意を告げ、取り次ぎを頼んだところ、しばらく待たされた応接間に現れたのは若い女性だった。東堂によく似た、けれども東堂よりもやわらかく小作りな美貌の女性に名乗られる前から、その人物が東堂の姉であるとわかった。よく似合う和装を慣れたふうにさばく、きびきびとした女性だった。
「尽八、いないのよ」
「外出ですか」
「――いいえ。やっぱり言っていないのねあの子。もう半年になるかしら、武者修行だなんて言って出たっきり、どこにいるのかもわからないの。メールで安否連絡だけはしてくるから、生きてることだけは確かなのだけれど。少なくとも三週間前までは」
「は」
「まったくあの放蕩息子。父も母も心配してるのよ、困ったものだわ」
頬に手を当てて嘆く様子は嘘をついているようには見えなかったが、過剰に心配しているふうでもなかった。東堂の出奔が事実であり、もう長いこと――肉親が慣れてしまうほどの長さで不在なのだと、わかってしまう仕草だった。
しばし声を失っていた福富は、ようやく言葉を絞り出した。
「あの、……東堂からは、こちらの跡を継ぐ予定だと」
「そんなことを言っていたの? いつ?」
「高校の……卒業の前です」
「ああ、それで今日、うちに来たのね。でもおかしいわ、そんな話がなかったわけではないけれど、跡継ぎが私に決まったのはそれよりだいぶ前のはずよ」
ぐわんと頭を殴られた気がした。
なんと言って東堂庵を辞したのか、福富にははっきりとした記憶がない。電車に揺られ東京までの帰路を辿りながら、ぐるぐると混乱する頭を抱えていたことだけ覚えている。行きに自転車と迷って、電車を選んで良かった。あんな状態で走っていたら、どんな事故に遭うやらわかったものではない。
東堂はいったいどこにいるのか。福富を含めた友人の誰もが、東堂は箱根の実家で暮らしていると思っていたはずだ。一昔前ならいざ知らず、携帯電話とインターネットは物理的な距離感を曖昧にする。それをいいことに東堂はさも箱根で暮らし続けているふうに装い、いまこのときまでおそらく誰も、東堂の偽装を疑うこともしなかった。
混乱したまま帰宅した福富は状況をそのまま新開に知らせ、同じく驚愕した新開は荒北に泣きついた。電話の向こうで素っ頓狂な声をあげた荒北がその場で大学のチームメイトであり金城を捕まえにいく逐一が、電波に乗って実況中継された。
荒北が金城を巻き込んだのは、金城づてに東堂と縁の深い巻島と連絡を取るためだったが、これがまた誤算で、イギリス暮らしの巻島と確実に連絡を取る手段はないという。考えてみれば当たり前のことだ。生活拠点を英国に持つ友人と、電話で話している姿こそほとんどなくなったとはいえ、頻繁に連絡を取り合っていた東堂の方がおかしい。
『メールはしてみるが、あまり期待しないでくれ』
巻島はとことん筆無精らしく、メールを送っても返信があることは稀らしい。これまでにあった連絡といえば、帰国を知らせる数通くらいのものだと聞いて、もと箱学メンバーは落胆するとともに、高校時代の東堂の、巻島に対するストーカーじみた態度にもうっかり納得したものだ。
それでも金城がよほど文面を工夫したのか、巻島から珍しく返信があったという知らせが後日届いた。だがその内容は、東堂の現状について巻島が教えられることはなにもないという、福富らを落胆させるものだった。東堂から巻島への連絡自体は頻度の差こそあれずっと続いているようだが、相変わらず巻島の現状を問い、生活改善を求める母親じみた内容が主らしい。二十歳を過ぎた友人にそんなことを言い続ける東堂も東堂だが、それを受け入れる巻島も巻島である。
続いてかれらが連絡を取ったのは真波だった。東堂の現状にやはり驚愕の声をあげた真波のもとにも、いまだにぽつぽつとメールが来ることがあるらしい。
東京の大学に進学した真波のもとをたずね、どこにいるのか聞いてみてくれないかと頼んだのは新開だった。真波の住まいは電車で数駅の場所で、福富もそれに同行した。真波はしばらく沈黙した後、きっぱりと答えた。
「お断りします」
「いや、けどなぁ」
「どこにいるのかはわかんないですけど、東堂さんが困ってるわけじゃないんでしょ。みなさんに会いに来ないのだって、東堂さんの意志なんですよね。だったら、それを曲げる権利、オレにはないです」
「真波、」
「ごめんなさい、でもオレ、みなさんと東堂さんだったら、東堂さんの味方したい」
深々と頭を下げられ、二の句の継げない新開の肩を福富は叩いた。
「新開。真波が正しい。俺たちに強制する権利はない」
「けど寿一!」
「新開」
重ねて呼べば新開は口を引き結び、拗ねたように俯いた。
「すまなかったな、真波」
「いやぁ、気持ちはすっごくわかりますんで」
ほんとのこと言ったら、オレだって東堂さんに会いたいですもん。
大人びた笑いかたで、真波が呟いた。見慣れない表情に、ああ高校時代は遠い過去となったのだと、福富はあらためて思ったのだった。
なぜ、東堂は姿をくらましたのか。
納得できる答えは得られず、福富にできることといえば、同じ学校の生徒として、チームメイトとして、寮の仲間として過ごした三年間を、もしくは名前のつけられない関係にあるふたりとして過ごした半年間を、記憶の箱から取り出しては眺めることだけだった。
東堂の出奔に自分が関わっているのか、どうか。それすらもわからない。東堂には東堂の考えがあり、その意志に己の存在が影響を与えたと考えるなどおこがましい――そう考えることもあったし、あるいはそれが正解なのかもしれないが、福富の思考はいつも、最後の半年の東堂が見せた彼らしからぬ曖昧な態度と、最後に彼がくれたメッセージに戻るのだった。
――いまでもおまえが好きだよ、フク。
パスワード保護したフォルダにひとつだけ保存してあるそのメッセージを、福富は繰り返し読んだ。
そしてある日、ぎこちなく指を動かして、入力画面に短い文章を打ち込んだ。
『東堂
俺はいまでもおまえを愛している
福富』
それを送信したのは、東堂から同学年のメンバーへの連絡が一切途絶えてから、数カ月が過ぎた頃だった。
愛などという重たい言葉を伝えて良いものか、逡巡はあった。
だが、東堂が福富に、きっと福富だけにくれた言葉の答えとして、福富が東堂に返せるものはこれしかないと、そう思ったのだ。会いたいと伝えるのでも、友人や後輩の名を出して安否をたずねるのでも、実家を訪ねていくのでも、所在を闇雲に探し回るのでもなく。
返事はなかった。
だが、福富の送ったメッセージが東堂に届かなかったと教える無慈悲な通知もなかったので、福富は東堂が、福富の言葉を読んだと信じることにした。
東堂のくれた言葉を金属のボディの奥深くに抱く、時代遅れの携帯電話を、福富はそっと枕元に置く。
――なにができるか。
――なにをすればいい。
出せた答えはひとつきりだった。
走るのだ。
結局それよりほかに、福富寿一にできることなどない。
レースに一切姿を見せない東堂がいまだに走っているのかどうか、福富に知るすべはない。一番に坂を駆け上がる東堂のぶれない背中は、福富の知る東堂の、もっとも美しい持ちもので、だからずっと走っていてほしかったが、それは福富の身勝手な願いでしかない。
東堂がもはや走っていないとしても構わなかった。
福富だとて、東堂のために走るわけではない。いつだってそれは、自分のためでしかない。
それでもきっとすべては道の上にあった。道の上にしかなかった。
走る。
朝もやに包まれた街で。照りつける太陽のもとで。群青と茜のグラデーションを背にして。しっとりと包む細かな雨の中で。
福富はペダルを踏んだ。踏み続けた。
視界は不思議なほどにクリアだった。
* * *
『こんばんは、福富さん。あの、さっき、東堂さんからメールが来てて。いつもの感じのメールだったんですけど、なんかいろいろ書いてあったなかでちょこっと、えっと、フクは元気だろうかって、あって。でもオレ、福富さんがいま元気かどうかなんてわかんないんで、電話かけてみたんですけど……えーと。またかけます』
『こんばんは~。福富さんってあんまり携帯見ないのかなあ。まあオレもひとのこと言えないんですけど。えっとさっきのメールなんですけど、東堂さん、気まぐれに送ってくるくせに返事が遅かったら怒るんで、返事しときました。わかんないけど最近の福富さんってあんまり元気に見えなかったんで元気じゃなさそうですって書いてみました』
『真波です、東堂さんから返事があって、どういうことだってあったから、東堂さんのせいですよって……んー……書こうかなって、思ったんですけど、やめときました。で、かわりに、オレ最近あんまり福富さんと会ってないからわかんないですって返事したら、なら適当に書くなバカモノって怒られました。ひどくないです~? それからね、きれいなものを分けてやろうって、写真がひとつくっついてました。さっき転送したので見てください。ねえ福富さん、あのひと、東堂さんて、なんかバカですよね。福富さんの連絡先だって、あのひと知ってるんだろうに。オレに送って、どうするんだろ』
携帯電話に残った三つのメッセージを福富は立て続けに聞いた。部の飲み会があり、帰宅して携帯のマナーモードを解除した頃には、とっくに日付が変わっていたのである。明早大自転車競技部のならわしとして公式の飲み会の翌日は休養日にあてられるが、真波の所属する部ではおそらく、明日も普通に練習があるだろう。こんな時間に電話をして起こすのも忍びなく、福富は肩を落とした。
しかし、それで良かったのかもしれなかった。後輩越しに安否をたずねてきた東堂にどう返信すればいいかと問われて、気の利いた答えができるほど福富は器用な男ではない。
添付された画像を開く。どこで撮った写真なのか、黒に近い藍色の空のまんなかに、煌々とかがやく白い月がぽかりと浮かんでいる。
きれいなものを分けてやろう――。
福富は静かに笑った。現国の授業で夏目漱石の著作を扱ったのは高校二年生の頃だったか。私立の箱根学園では教師の入れ替わりは少ない。ハイネを愛したロマンチストの国語教師は、いまでも教壇に立っているのだろうか。
