私ときみの5センチメートル - 1/3

 175㎝。
 シュテルンビルトのヒーロー、風の魔術師スカイハイことキース・グッドマンの身長をあらわす数値である。
 蜂蜜色の金髪に、ヒーロー名そのままの空色の瞳、通った鼻筋と彫りの深い目元、しっかりとした骨格を覆う厚い筋肉、健康的に焼けてはいるものの元の白さが見て取れる肌。典型的なアングロサクソン系の容姿を持つ成人男性としては、どちらかといえばやや小柄、多種多様な人種の暮らすシュテルンビルト全体で見ても、成長期の終わった男としてはせいぜい中背、長身とは言い難い。
 だが、つねに背筋も膝もぴんと伸ばした姿勢と、俯くことのない堂々とした物腰は、キースを実際よりも背の高い人物として認識させる。キースがヒーロー・スカイハイとして華々しくデビューし、またたく間に頂点に登り詰めてからその傾向は一層顕著になった。それは彼がキングの称号を新人ヒーローに譲り渡してからも変わらない。空高く駆ける誇り高き風の魔術師。人々が彼を思うとき、その視線はいつも見上げる角度だ。
 それだから、話の流れで自分の身長を口にしたとき、会話の相手が程度の大小はあれ驚きを見せ、「もっと高いと思っていた」といった意味の言葉を口にすることに、キースはすでに慣れっこになっている。
 会話の相手が若い女性であった場合、高い確率でその口調に驚きだけでなく失望が(これも程度の大小はあれ)込められることにも、やはり慣れっこだ。
 そこに潜む、自分の隣に立つ男にはハイヒールを履いた状態で釣り合う身長であって欲しいという願望については、デビューしたてのころに先輩ヒーローのひとりが教授してくれた。「まあアタシはそんなの気にしないけどォ」と続けられて「そうだね、私も気にしないな!」と同意を示すとなぜか場に一瞬の静寂が生まれ、「つーかお前がハイヒール履いて釣り合う男がいるわけねーだろ、ってそこはすかさずツッコんでやれよスカイハイ……」とまた別の先輩ヒーローに言われて「そうなのかい! それはすまなかった、以後気を付けるよ!」と返せば周囲から複数の大きなため息が吐き出された、というくだりまで記憶しているキースだった。そこでため息をつかれた理由は未だによく分かっていないが。
 そのときアドバイスしてもらった、「貴女をエスコートするときには少し床から浮いておくから心配ご無用、そしてノープロブレムだ!」という切り返しもその後なかなか功を奏している(ちなみに後半部分はキースのアドリブである)。
 キース本人はそのときにも言ったとおり、自身の身長に対して特に思うところはない。スカイハイはタイガーやバーナビー、ロックバイソンのような接近戦タイプではないから長いリーチは不要、人命救助に不自由のない体格であれば十分だ。むしろ風を操りながら更に背中のジェットパックを吹かす高速移動には、例えばロックバイソンのような大柄な肉体は邪魔でしかないだろう。女性に失望されることについては期待を裏切って申し訳ないと思わないでもないが、お遊びの恋愛沙汰に興味のないキースにとっては身長を理由に幻滅してもらえるのなら正直願ったりだ。かつて唯一心を動かされ、結局再会できぬまま淡い色の思い出になった少女は華奢で小さかったうえ、キースの身長に興味を持ちそうではなかったし、日常生活での身長差がもたらすちょっとした不便――例えば高い棚にしまわれたものに手が届かないなど――は風を操るNEXTにとっては存在しないも同然である。

 そういうわけで、風の魔術師スカイハイことキース・グッドマンは、「もっと背が高ければ」と願ったことはなかった。
 ――いま、この瞬間までは。

「ひゃくななじゅうご?」

 オウム返しにそう言って、首を傾げた青年――スカイハイの後輩ヒーローであり少し前からは弟子にもなった折紙サイクロン、のいわゆる中の人であり、顔を半分ちかく隠す前髪の合間から覗く菫の瞳が印象的な、キース・グッドマンの長い片思いの相手であり、つい先ごろすったもんだの末にめでたく恋人同士となることが出来た、イワン・カレリンそのひとが、ぱちぱちと長い睫毛を上下させてから、なにごとかを考えるように唇をとがらせた、
 そのときまでは、だ。

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