アポロンとダフネ - 1/2

「折紙くん、折紙くん折紙くん折紙くん折紙くん!! 好きだ、そして大好きだ! 世界で一番愛している、愛している世界で一番! 待ってくれ折紙くん、どうかこの腕に君を抱きしめさせて!!!」
「いやあああああああああああ来ないでええええええええええええええ!!!!」
 ………………どうしてこうなった。

   * * *

 発端は半日ほど前にさかのぼる。
 その日最も多くのポイントを獲得したのはスカイハイだった。ライブカメラの前でインタビューアにこたえ、いつもの挨拶でスカイハイが締めくくろうとした、そのとき。
「スカイハアアアアアアアアアイィィィィィィィィ!!!」
 耳をつんざく叫び声があがり、その場にいたものは一様に声のしたほうに目を向けた。
 ものすごい形相でスカイハイに駆け寄ってくる、声の主と見られる人物が、若い女であったために周囲の警戒レベルはすぐに下がった。老若男女に愛されるスカイハイには熱狂的なファンも少なくない。インタビューアがすかさず「ファンの女性から黄色い声が上がりましたよ、さすがに人気者ですね!」と振り、スカイハイも「本当に嬉しいよ!」とそちらを向く。
 瞬間、弓を引くようなジェスチャーをした女の身体が青い燐光をまとい、放たれた金色の光の矢がまっすぐにスカイハイを目指した。とっさにインタビューアの女性をかばったスカイハイの胸元に光が炸裂する。あたりに悲鳴が満ちた。だが攻撃の威力は大きくなかったらしく、軽くたたらを踏んだだけだったスカイハイは、きっと狼藉者のほうを見据え、――安堵したように張りつめた空気をなごませた。
「折紙くん……!」
「スカイハイ殿! 無事でござるか!」
 どこからか現れたのが折紙サイクロンが、女を地面に引き倒し、しっかりと確保している。
「私は大丈夫だ! そして無事だ!」
 折紙サイクロンのみならず、周囲の市民も安心させるように、スカイハイは大きく頷いて手を広げた。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!!!!」
 女の絶叫がそこにかぶさる。
 暴れる女を、折紙サイクロンは怪我をさせないように立たせ、警察へ引き渡すため歩きだした。
「さあ、大人しくお縄につくでござる」
「いやーっ、いやーっ、なんであんたなんかにぃぃぃぃっっ!! あんたなんか、こうしてやるんだからぁっ!」
 暴れ続ける女の身体が、再び青く光った。拘束されて不自由な両腕の間で、今度は光が凝って黒ずんだ矢が現れ、折紙サイクロンにぶつかる。だが、頑丈なスーツに傷ひとつつけることなく、それは弾けて消えた。
 ? と首を傾げたまま、折紙サイクロンは女を駆け寄ってきた警察に引き渡し、やれやれと息を吐いた。女の能力がなんだったのかは疑問だが、怪我人のひとりも出さずに事態を収束できたのは幸いだ。
 そこに、ごう、と風が上空で鳴り、
「折紙くん!!」
 飛び込んできたのは紫と白と金を基調にした優雅なスーツ。
 前シーズンにMVPに返り咲き、ふたたび「キング・オブ・ヒーロー」の称号を手にしたスカイハイの姿だった。
「折紙くん、ありがとう……! きみは素晴らしい! 素晴らしいよ実に!!」
 飛行した勢いのまま、がしっ! とスカイハイが折紙サイクロンに抱きつき、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。
 かと思うと、折紙サイクロンの隈取りが描かれたマスクに両手を添え、うっとりと見つめた。もちろんメタリックな銀のマスクに隠されて表情は見えないが、醸し出す空気と声音はまさに「うっとり」と表現する以外にないものだった。
「なんて格好いいんだ、きみは……。私はすっかり心を奪われてしまったよ」
 甘ったるい声。触れ合わんばかりに近づいたマスク。
「ああ、折紙くん……」
 なんだこの空気は。
 あきらかに振舞いのおかしいスカイハイに、周囲がざわめきだした頃、
「い、い、いやぁ―――――――っ!」
 悲鳴を上げたのは、今度は折紙サイクロンだった。
 スカイハイの手を振りほどくと逃げ出す。それはもう全力で、ものすごい勢いで逃げだした。ぽんぽんと跳躍を繰り返してあっという間に見えなくなった後姿に、おおーという感嘆の声が送られる。
「ふふふ、照れ屋さんなんだね折紙くんは! しかし、追いかけっこは私も得意だ! とうっ」
 掛け声とともに空中に飛び出したスカイハイが、ジェットパックを起動させるとまっすぐにそのあとを追った。ジェット音と、おーりーがーみーくうううううんというスカイハイの叫び声がドップラー効果を伴って遠ざかってゆく。

 その一部始終は、その場に集まっていた群衆、そしてヒーローTVのライブ放送を見ていたシュテルンビルト市民に、しっかりと目撃されていたのだった。
[newpage]
「恋心を操るNEXTォ!?」
 トレーニングルームに響き渡る虎徹の声に、視聴率の魔女ことアニエス・ジュベールは、眉間に皺を刻みながら頷いた。
「正確には、『操る』というほどの力ではないわ。そうね、ロマンティックに『恋の矢を射るNEXT』と言いましょうか。本人の証言によると、金色の矢はぶつけられてから最初に見た人間に恋する、黒い矢は恋を拒絶する効果を持つの。本人はスカイハイの熱狂的なファンで、この能力を使ってスカイハイが自分に恋するようしむける気だったみたいね」
「しかしスカイハイがその女を見る前に折紙が確保したわけか」
 アントニオが納得したように大きな手で顎を撫でる。
「そういうこと。スカイハイが見たのが折紙サイクロンだったと気づいて、絶望のあまり拒絶の矢を折紙に向けたそうよ」
「……で、ああいうことになってるワケ……」
 カリーナが半眼になってトレーニングルームの片隅を見やった。
 そこには、それはそれは情熱的な愛の言葉でかきくどくスカイハイことキース・グッドマンと、風もないのにふるふると震える観葉植物の鉢――に擬態した折紙サイクロンことイワン・カレリン――の姿があった。

 追うスカイハイと追われる折紙サイクロンという世にも珍しい追いかけっこは、全シュテルンビルトを舞台におよそ1時間ほども続いた。風を味方につける、こと追跡に関してはチート的な能力を誇るスカイハイを相手にまわし、擬態能力とスーツの機能、そして自身の運動神経だけで1時間もの逃走に耐えた折紙サイクロンには驚きと賞賛の声が上がったが、フルフェイスのマスクをかぶっていてもわかるほど大泣き状態だったので、いまひとつ格好良くなかったのが残念なところではあった。
 ぐるりと一周して事件現場に戻ってきた追いかけっこの最後は、命からがらの風情でトランスポーターに飛び込んだ折紙サイクロンを追いかけてきたスカイハイに、待機していたヘリペリデスヒーロー事業部の面々――自社ヒーローへの愛情の突き抜けっぷりが半端ないと業界では評判である――が、『折紙サイクロンが欲しくば我々を倒してゆけ!』と叫んでトランスポーターをガードし、降ってわいた恋心に頭から常識をすっ飛ばしてはいたものの一般市民を傷つける気は毛頭ないスカイハイが狼狽して、そのすきにポセイドンラインの担当者がスカイハイを引きずるようにして回収した、という結末を迎えた。ちなみにその一部始終はヒーローTVがライブ(ノリノリの実況つき)で放映済みである。視聴率の数字見てアニエスさんちょっと涎たらしてましたよ、とはディレクターのケインの証言だ。
 それから数時間後、コールに応じてジャスティスタワーのトレーニングルームに集まった――半数以上がやきもきしながら呼ばれもしないのに待機していた――ヒーローたちに、警察から資料提供を受けたアニエスが、この異常事態の原因と見られる女のNEXTについて説明した、というのが現在までの流れである。
「あれ、でも、さっき折紙さん逃げきったよね? なんでまたこういうことになってるの?」
 パオリンが口にした素朴な疑問に、アニエスは深いため息をついた。
「別々の部屋に呼んで、当事者としての話を聞いていたのよ。犯人が正直にすべて話したという証拠はないし、証言を突き合わせる必要があるでしょう。もちろん部屋の場所は話して、相手が来ていることは教えなかったけど……まあいま考えたらこちらのミスよ、時間も完全にずらすべきだったわ。スカイハイが途中で手洗いに行きたいというもんだから、すぐ戻るようにって言い含めたんだけど……それでこれ」
 苛々と首を振るアニエスに、ヒーロー達は同情の目を向けた。なにしろ相手はあのスカイハイだ。口実を使って抜け出すなど誰が思うだろうか。
 かくして追いかけっこ第2ラウンドのゴングは鳴った。妙なところで律儀なイワンがジャスティスタワーから出られなかったので、今回はあっさりとスカイハイが追い詰めた。その結果、「植物に聴覚はありませんからー!! なに言われても聞こえませんからー!!!」と絶叫したイワンが鉢植えに姿を変え、キースは相手が人間の形をしていないことには一切頓着せず愛を囁き続ける、という図式が出来上がったのであった。
 ちなみに、聞こえない、が嘘であることは、キースが物を言うたびにびくびくと揺れる葉によって全員が察していた。激しい動揺で解けてしまう擬態が、一体あとどれだけ保つやら、賭ける気にもなれない。
「――まるでアポロンとダフネですね」
 二人の様子を眺めていたバーナビーが、ぽつりと呟いた。なんだそりゃァ、という虎徹の台詞に条件反射のような溜息をついて、
「ギリシャ神話です。恋愛の神エロース、ローマ神話ではクピド、英語読みでキューピッドですが、エロースの放つ金の矢は激しい愛を、鉛の矢は恋への嫌悪を植え付けるんです。エロースが放った矢で太陽神アポロンが川の神の娘ダフネに恋をし、ダフネは鉛の矢で射られてアポロンから逃げて、捕まりたくないがために最後には月桂樹へと姿を変えるという話です」
 すらすらと淀みない解説に、カリーナが目をまるくした。
「なによソレ、まんまじゃない!」
「確かに怖いくらい当てはまるわねェ。スカイハイはアポロンもかくやっていう美青年だし、折紙がいま擬態してるの、アレ月桂樹よ。わかってやってんのかしら?」
「観葉植物としては比較的メジャーですし、それはさすがに偶然だと思いますが……」
「解説ありがとうバーナビー。たしかに犯人は自分の力を『クピドの矢』と称していたそうよ」
「あーなるほどなるほどバニーちゃんはかしこいなー。んでアニエス、どーやったらあの二人元に戻せんの?」
「それなのよね」
 披露した蘊蓄をぞんざいに流されたバーナビーがむっとした顔を虎徹に向けたが、続くアニエスの苦々しげな台詞に、表情を硬くする。
「戻し方がわからないんですか?」
「と言うより、効果がなくなるのを待つしかないらしいのよ。期間はおよそ一週間」
「一週間……」
「もちろんこれも嘘の可能性はあるし、こちらでも似た事例を調べてみるわ。ともかく、あの二人が正気に戻るまで出動停止との司法局のお達しよ……ああもうっ、出せば間違いなく視聴率稼げるって言うのにっ!」
「………………」
 ハイヒールを踏み鳴らすアニエスから、ヒーロー達は無言で目を逸らした。視聴率の魔女ここにあり。機嫌が悪いと思ったら、目の前の美味しいネタを使えないことが原因だったらしい。
 コメントを控えるヒーローたちをぎろりと眺め渡して、アニエスはふうと息を吐くと、豊かな髪をかき上げた。
「まあ仕方ないわね。二人が元に戻るまで、6人で頑張って頂戴。折紙サイクロンはともかく、スカイハイが抜けるのは痛手だけど、頼むわよ」
 最後まで容赦ない台詞を残し、かつかつと靴音も高くアニエスはトレーニングルームを後にした。
 残されたの6人のヒーローは、誰ともなく深いため息をついて互いの目を見合わせる。
「…………どうすんのよ、アレ」
 カリーナがきれいに整えた指で示した先には、案の定擬態が解けてしまい、耳をふさいで小さくうずくまるイワンと、その前に跪いて懸命に愛を訴えるキースの姿がある。
 イワンの顔はもう涙でぐしゃぐしゃだ。
「戻す方法がないんじゃ、どうしようもない気はするけどねぇ……」
 ネイサンが頬に手を当てて嘆息した。
「ほっとく、っつうのもひとつの手じゃあるが……」
「ねえ、止めてあげようよ! 元に戻ったあと憶えてるかわかんないけど、あれじゃ折紙さんかわいそうだよ。だって、」
 パオリンが他の5人を見上げ、胸の前でにぎりこぶしをつくって一生懸命に訴えた。外国出身という共通点があり、デビュー時期や年齢も比較的近いパオリンとイワンは、かなり仲がいい。そのイワンがかなり気の毒なことになっている状況に、正義感の強い少女は黙っていられないようだった。

「だって、折紙さんスカイハイのこと好きなんだよ!」

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