その日一織が持ってきたホットミルクは、夜の香りをほのかにまとっていた。
「……、ななせさん」
空になったカップをコトリとローテーブルに下ろして、一織がオレの顔を見た。いつも明晰な知性の宿るグレーの虹彩が、潤んだように揺れている。
オレは小さく笑って、その頬にそっと手を添えた。いつもよりほんのり苦いミルクをオレが飲み干したのは一織より早くて、食道や胃にポコポコと熱がともっていくのを感じる。
顔を寄せると、一織は恥じらうように目を伏せた。長い睫毛がふるりと震える。まだほんの少年だったころの一織がうたた寝する姿を見たときも、その長さについ目が行ってしまったくらいに、オレはずっと一織を意識していたんだと思う。
唇を一度そっと触れあわせて、そのままの距離で、いおり、と呼んだ。一織はオレの声が好きで、オレに呼ばれるのが好きだ。かすかに息を呑むような音が聞こえて、今度は一織のほうからおずおずと唇を重ねてくる。
力を抜いて受け止めるオレの唇を、何度目かに、一織の舌がちろりと舐めた。そのしぐさの仔猫みたいなかわいらしさも、時と場所と人物とシチュエーションを足せば、全く別の空気を連れてくる。つまり、夜に、二人きりの部屋で、恋人から唇に。答えは簡単、とってもやらしい。
「んッ……、ななせさん……」
「いおり」
陽の光の下では絶対に聞けない甘ったるさをまとわせて、一織がまたオレを呼ぶ。
「一織、かわいい」
「、ふぁ」
長い横髪をかきわけて、耳に息がかかるように囁けば、一織は耳の先まで真っ赤に染めた。
「かわいい……、好き、一織、好きだよ」
「…っ、ななせ、さ」
「ね、一織……。お酒入ってた? さっきの」
問いかけると、ひと呼吸置いて、小さくこくりと頷く。味や香りでわかるから本当は聞くまでもないけど、答えさせたいオレは今日も少しいじわるだ。
「かわいい。素直になりたかった?」
「……ん……」
もう一度、ためらいがちな頷き。
「いいこ」
とびきり甘い声で褒めて、顎の下をそっとくすぐってやると、一織は困ったように眉尻を下げてオレにしがみついてくる。ああもう、オレの彼氏がとんでもなくかわいい!
一織はお酒に弱い。それはもう弱い。外では気を張るけど、寮では小さな子どもみたいな甘ったれになってしまう。気の毒なのは、一織はそうなった自分をうまく制御できないのに、そのときの記憶だけはしっかり残ってしまうことだ。
恥ずかしくて、でも甘えたくて甘やかしてほしくて、一織はお酒の席での記憶が残ることをずっと隠していた――とオレが知ったのが、半年ばかり前の話だ。
そのとき、オレと一織は恋人になって、……それからしばらくして、お酒に二人だけの意味が生まれた。
「ななせさん、……ななせさん、かわいい、すき……」
オレの首筋に額をすり寄せて、一織は陶然と呟く。熱くしめった息がかかってくすぐったくて、でもそれ以上に興奮した。いつも理性的にオレを支えようとしてくれる一織が、固い殻を脱いで感情を見せてくれる瞬間がたまらなく好きだ。信頼されて、愛されて、求められてるって実感する。
「すき、……すきです……」
ちゅ、ちゅ、と、オレの顔の至るところに音の鳴るキスを幾度もして、一織はねだるように見上げてくる。色白の肌はすっかりピンクに上気して、うっすらあいた唇も心なしかいつもより赤く、目の毒なくらいに色っぽい。クールでシャープが持ち味のアイドル和泉一織のこんな表情は、できることならずっとオレが独り占めしていたい。する、って断言できないのが、この職業の辛いところ。
おねだり一織をもう少し堪能していたいけど、残念ながらオレのほうが限界だ。
「一織」
一織の手を取り、指先にキスを落としてから、オレは一織に笑いかける。なるべくかっこいい顔をしたいけれど、鏡を見たらきっとオレも一織に負けないくらい真っ赤で、へにゃりと情けない顔なんだろう。一織はオレのそういう顔がかわいくて好きらしいから――いまも、ぽぽぽと頬を赤らめてうっとり見つめてくる――まあ、いいんだけど。
「ベッド行こっか」
最初からすっかりその気のくせに、一織はウロウロと視線をさまよわせてから、ためらいがちに頷いた。かわいいなあ。
部屋着のスウェットを上下とも脱いで下着姿になってから、ベッドの真ん中に所在なげに座り込んだ一織のパジャマのボタンを外していく。一織はそわそわと手を握ったり開いたりしながら、オレの手の動きをじっと目で追っていた。世話焼きの一織が自分のことをオレに委ねてくれる機会はなかなかないから、いつもなんだかわくわくしてしまう。
ボタンを全部外したパジャマを脱がせ、ゆっくり肩を押すと、一織は逆らわずにベッドに背中を落とした。見上げてくるまなざしの熱さと、せわしなく上下する白い胸が、一織の期待と興奮を伝えてくる。
「こっちも」
ズボンに手をかけると、一織は素直に腰を上げた。両足を抜いてぽいと床に放っても、今日はお小言が追ってこない。手の甲を口に押しつけるお決まりのポーズで横たわる一織の脇に片手をついて、オレはその身体をじいっと眺めおろす。
その全身をくまなく可愛がりたい欲求を少しだけ抑え、黒髪をかき分けて、形の良い額にそっとキスを落とした。
いおり。
目を合わせて小さく呼ぶだけで、一織はかわいそうなくらい身を震わせる。
とうとう耐えきれなくなったみたいに、一織が顔を逸らした。表情が見えづらくなった代わりに、形のいい耳がすっかり無防備に、オレの前に晒される。食べてくださいと差し出されているかのような、一織がとびきり弱いその場所に唇を近づけ、ふ、と息をかけるだけで、一織は怖がるようにぎゅうっと目をつぶった。
うすい耳朶を甘く食んで、舌を這わせる。
「っあ! ふぁ、ん、やっ……」
触れるのと同時に悲鳴が上がって、一織の身体が大きく跳ねた。いつも思うけれど、こんなに敏感で、メイクや撮影にどうやって耐えているんだろう。
いや、と口にはするけれど、一織は逃げるための動きはひとつもしない。肩を縮こめ、口元を抑え、もう片手でシーツをぎゅっと握った姿で、震えながら懸命に耐えている。いくらオレだって、本当に嫌がってると思うほど鈍感じゃない。
やわらかい骨をつうっと舐めあげて、耳の穴に舌を差し込む。ぴちゃ、ぴちゃ、音を立てたら、一織がまた、掠れた鳴き声をあげた。
「っ、んん……ッ、あ、ァっ、だめ、っだめ……!!」
もどかしげな仕草でかかとをシーツにこすりつけ、膝を引き寄せる。
舐めて、かじって、固くした舌先でくすぐって、一心不乱に耳をいじめていたら、一織はとうとう両手で口を覆った。カメラの前ではいつも姿勢良く伸びている手足も背中も小さくまるめて、手のひらをぎゅうぎゅうと唇に押しつけて、そんなに全身で必死にこらえながら、一織はやっぱり逃げないし、オレを振り払いもしない。
キスして脱がせて耳をいじって――それだけで、折り曲げた膝で一織が隠しているその場所がどうなっちゃうか、オレはもうとっくに知ってるし、オレに知られているのを、一織だってわかってる。一織はすごく恥ずかしがりで、普段はもっと早い段階でオレを押しのけたり手で耳をガードしたりしちゃうから、今日みたいにされるがままなのは、本当に稀だ。
恥ずかしいを押しのけてくれた一織の勇気に、オレも応えてあげなくちゃ。
れろ、と伸ばした舌をいっぱいに使って耳裏を舐め上げ、オレの唾液でベトベトに濡れた真っ赤な耳に、またキスを落とす。
「いおり」
「……っ」
「一織……、いおり、かわいい、好き、……」
「っ、やだ、ななせさ」
「だぁめ、やめない、ん……、一織、ね、きもちいいね……、感じてる一織かわいい、すき」
「あ、ぁあ、や……、だめぇ……ふぁ、あ、ア」
「大丈夫だよ、一織、かわいい、すごいえっち、もっと感じて……」
半分は唇や舌で、半分は言葉で耳を責め立てるうちに、一織の強ばった身体がじわじわととろけていく。口を塞いでいた手もすっかり力が抜け、はぁはぁ荒い息の合間に、ななせさん、ななせさん、と譫言のように呼ばれて、オレの下半身にも重たい熱がどんどん溜まる。
正直この熱いのを早くどうにかしたいけど、でも、耳への刺激だけでトロトロになってる一織がとんでもなくかわいくてえっちでたまらないから、まだ少し我慢の時間だ。
「一織、……っ、……、いおり、かわいい、かわいい、……だいすき、ん、」
「あ……ん、ななせ、さ、ぁん、ああぁ……、…………きも、ち、イ、……あ、っだめ、ぁあ、あ」
「一織、一織、……いおり、かわい……」
舐めて、甘噛みして、吸いついて、甘ったるい声を送り込む。口でできるありったけの愛撫で一織を高めながら、オレはガチガチに固くなってるところを一織の太腿に押しつけた。
「ね、一織、もうオレ、こんなだよ……一織、すっごいかわいんだもん……」
「あっ、あっ、あっ、……うあ、ン、ああぁ……っ」
シーツに投げ出された一織の手に、オレの手を重ねる。一拍おいて、まるで溺れる人が浮き輪を見つけたみたいな必死さで、一織がオレの手をぎゅっと握りしめた。
たぶん、あともう少し。
「……あいしてる、一織」
「っ――!!」
いとおしさを全部詰め込んで名前を呼んだ瞬間、声にならない悲鳴を上げた一織がひときわ大きく腰を震わせた。
はあはあと肩で息をする一織の髪を、ゆっくり撫でる。しばらくの沈黙があってから、のろのろと一織の頭が回転して、赤く染まった顔がオレを見上げた。
その顔は快感にすっかりとろけているのに、濡れた瞳の奥だけ、隠しきれない不安に揺れている。オレが引いたり呆れたりしてないかって、怯えてるんだろう。ばかだなあ。
こんなにも委ねてくれていても、まだどこか安心しきれないでいる一織がせつなくて、それでも必死に求めてくれていることが嬉しくて、そして、――ああもう正直に言うね、ものすごく興奮しちゃってやばい。鼻血出そう。ていうか暴発しそう。だって一織が、あの一織がだよ、恥ずかしがりの心も、敏感な身体も全部オレに差し出して、耳への刺激だけで高ぶってイっちゃうなんてさ、ヤバすぎる。
できることならいますぐめちゃめちゃに抱き潰したい。しないけど。しないけど!
「……いおり、」
はー、と息をついて、色々押し殺しながら名を呼んだオレの顔になにを見つけたのか、一織はぱちりと一度まばたきをすると、さっと顔の前に両腕を交差させて顔を隠した。
「み、見ないで」
「えっ、むり」
「やだ、やです、もう……、」
「いーおり」
手首を掴んで、腕を開かせる。思いのほか抵抗は少なく、茹で蛸みたいな顔が簡単にオレの目に晒された。身体に力が入らないせいかもしれないけど、今日の一織は本当に素直でかわいいから、都合のいいほうに受け取ってしまおうと思う。
「一織、すっっっ……ごい、かわいかった。気持ち良かった?」
「……ぅ、き、かない、で」
「やだ、おしえて」
「うう……」
眉尻をふにゃふにゃ下げた一織が、目を逸らして、こくんと頷く。
「あなたの、声、……あんなの、だめ、です……」
「あんなの?」
「なまえ、と……、……、か、かわいい、って……」
オレに手首をつかまえられたまま、一織は両手で耳をそうっと庇う。こめかみあたりの髪を、落ち着かなげな指先がくしゃくしゃと乱していた。
わざとやってるんだろうか、それとも無意識? あさっての方角に逸らしていたはずの視線は、いつの間にかオレのそれとしっかり絡んでいる。自分で自分の弱いところに触れながら、陶然とオレを見上げる目の、その色。もじもじとすりあわされる膝頭、上気した肌、濡れて光る唇と、その奥にちろりと覗く赤い舌。
甘い香りの花みたいに、一織の全身がオレを誘っている。
「お、……おかしく、なる、わたし、」
ダメだ、もう限界。
一織の手首をシーツに押しつけて、うすい唇に噛みつく。半開きの場所に舌をねじ込んで、上顎の裏のざらざらしたところを舐め上げ、一織の舌を追いかけて絡ませ、つけねを舌先で撫でて、誘い出して吸いついた。オレと一織の唾液が混ざって溢れて、一織の口元を汚す。
「っん、んむ、ふぁ、……せさ、っ、ぁ……、ああッ!!」
いきなりの激しいキスに健気に応えてくれていた一織が、高く悲鳴を上げた。もちろん、それだってオレのせいだ。唇を解放したオレが、さっきとは反対の耳にかぷりと噛みついたから。
「あ! っあ! ひッ、やぁっ……!!」
水音を立てて舐めしゃぶりながら、一織の細い身体にのしかかる。履いたまま達してしまったせいでどろりと濡れた一織の下着に、オレのそこをゴリゴリ押しつけた。ふにゃりと力を失っていた場所が、またすぐに張り詰めていくのがありありとわかる。
「っ、いおりっ……!」
「ななせさ、っあ、や、ななせ、さんっ、ァ、あ……ッ、」
「もぉ、一織、えっちすぎ……! ごめん、……やさしく、するの、ムリかも、っ」
一織の頭を抱え込んだオレが絞り出した声に、息を飲むような音がすぐ近くで聞こえた。オレはちょっと、ううん、だいぶ悔しい。せっかくいつになく素直にオレに縋ってくれている、かわいいかわいい年下の恋人を、もっと甘やかして、ドロドロのぐずぐずにしてから、ゆっくり優しく抱いてあげたかったのに。
くそ、と悪態をついたオレの髪に一織の手が触れて、優しく梳いた。シーツに縫い止めていたはずの細い手首も、いつのまにか離してしまっていたみたいだ。
ななせさん、と、砂糖菓子みたいな声がオレを呼ぶ。
「七瀬さん、ななせさん……、かわいい……すき……」
その声が心の底から嬉しそうで、オレは思わず動きを止めた。
「ん、あ、あぁ……、七瀬、さん、」
そうしたら……今度は、一織が。
オレの下で荒い息をつきながら、ゆるゆる腰を揺らして、固く勃ちきった性器をオレのそれに押しつけてくる。うぁ、気持ちいい……。
「いお、り、ッ」
「ななせさん、……ななせさん……、して、……もっと、」
何度も不規則に肩を上下させながら、一織がオレのうなじをひっかく。喉につかえる言葉をどうにか押し出そうとするときの、もどかしげな指の仕草だ。
一織のくれる刺激にくらくらと酔いながらも、懸命に耳を澄ます。呼吸音ひとつだって、聞き漏らしたくなかった。
ひゅうと喉を鳴らした一織が、かぼそく震える声で、ようやくオレにつたえる。
「やさしくなくていい……、いっしょ、に、おかしくなって、わたし、」
――あなたに、もっとひどくされたい。
苦しげに、でもどこかうっとりと、そんな言葉を囁かれて、頭が真っ白にならないでいられる方法があるなら教えて欲しい。
汚れた下着を脱ぎ捨てて、一織のそれもひっぺがして、互いに一糸まとわぬ姿になる。
「ん、んぅ」
潤滑剤をまとわせた指を侵入させた場所は、あたたかくてぬかるんでいた。気づいた瞬間、思わず一織の顔を見てしまう。泣き出しそうな目をした一織が、なにかを言いたげに唇を開いて、でもなにも言わないままぷいと横を向いた。その代わりに一織のナカが、きゅうんとうごめいてオレの指を締めつける。
前にもそういうことはあったし、予想してなかったわけじゃない、でもこうやって触れて実感したときの、わっと全身の熱の上がるような嬉しさは、何回だってそのたびごとに新鮮だ。
「もぉぉ、一織、かわいすぎ……!」
「うぁ、んッ……、ななせ、さ、あぁ」
性急に押し拡げていく指に応えて、一織がシーツの上でのたうつ。
繋がる準備を優先しているから、一織が感じるところをちゃんと刺激できてるわけじゃない。それでもオレが触れるたびに一織は声を上げるし、お腹につきそうなほど反り返った一織のモノも、物欲しげにひくひくと震えている。
女の子の身体のことはあまり知らないけれど、男同士だから、男のそれのごまかしの効かなさはわかる。オレだってさっきからずっと同じ状態だ。触ったり、えっちなことをしてなくたって、欲しいなって思えば勃つし、えっちだなって思えば思うほどもっと先を期待して大きく固くなっちゃう。だからつまり――うん。
「っ、一織、」
スキンのパッケージのミシン目を破るのももどかしく、袋をあけて取り出した薄ピンクの膜を育ちきったモノにくるくるとかぶせる。よし、と顔を上げると、肘で上体を支えた一織がオレをまじまじと凝視していた。オレを、っていうか、いま準備を整えたばかりのそこを。
ごくん、と一織の喉が、やけに大きく動いた。
「だからほんとそういうさぁ……!」
「っあ」
膝裏に手をかけてシーツの上に転がす。そういえば灯りを消しもしなかったなと、今更のようなことをふと思った。蛍光灯の光の下、さえぎるものなく晒された一織のかわいい穴は、ひくひく震えながら蹂躙を待っている。
ぶわっと沸き上がった乱暴な衝動をどうにかやり過ごし、ゴムに包まれた先端を、ぬち、とその場所に押しつけた。あぁ、と一織が感じ入った声を上げる。
「っ、いれる、ね……」
一織が頷くのを視界の端で確認するのが理性のギリギリだった。ぐ、と腰を突き込むと同時、一織の身体が痙攣する。
「――――っ!」
「い、おり、ッ」
浅く押し入った場所は熱を持ってうごめいて、オレを奥へ奥へ誘い込もうとする。いつもより狭くて、締めつけられて、それがたまらなく気持ちいい。ゾクゾクと腰から背骨を痺れるような快感が這い上がって、視界が滲む。なにも考えられなくなる。
苦しいだろうとか、傷つけたくないとか、そういう気持ちが、押しのけられていくのがわかる。もっともっと気持ちよくなりたくて、止まれない。
「う、ア、一織、ごめん、いおり……っ」
「なな、せ、っさ、ああッ!」
罪悪感をかき消すように、一織が悲鳴に似た嬌声を上げた。
「あッ、あッ、やぁっ、……っやだ、」
「いおり、」
「やだ、ななせさ、と、まっちゃ、や、」
「……っ!」
「ばか、ばか、は、やく、」
泣き声でねだられても、オレはちょっとすぐには動けない。
だって、オレの下でぐすぐす泣いてる一織は、あろうことか、ガチガチに育った性器を両手でぎゅうっと握っているのだ。
視覚の暴力って、こういうのを言うんだろう。
「や、まだいや、わたし、だけっ、やです……! ななせさん、ななせさん、っので、して、ッ」
どうしよう、オレの恋人がえっちすぎて爆発しそう。
「――っ、もおっ! 知らないからな……!」
「ひッ、あああ、あ!! ななせさん、ななせさんっ……!!」
遠慮も申し訳なさもどうでも良くなって、一織のナカをこじ開ける。みちみちとあたたかな肉に包まれて、気持ちよすぎて、やばい。
肌と肌がぶつかる音、じゅぶりとローションが下生えを濡らし、一織がまた悲鳴を上げてのけぞった。
ずるりと引き抜こうとすると、ナカが引き留めたがるようにいじらしく震えて締まる。そこにまた分け入って、戻して、夢中でゆさゆさ揺さぶって、そのたび一織がひんひんと泣き――技巧もなにもないシンプルなピストンだけで、とんでもなく熱くて、しびれて、とけちゃいそう。
今度こそ、ダメだ。
「一織、いおりっ、うぁ、っダメだ、いっかい、」
「え、…あ、?」
「ごめんっ、うう、あとでちゃんとするからっ……、……、――!!」
情けないけど、もう1秒だって無理だった。一織の奥深くを犯したまま、ぶるるっと腰を震わせる。はあっと息をつき、ゴムの口を押さえて完全に引き抜いたら、一織がぱちぱちとまばたきをして、信じられないって顔でオレを見た。
あのさぁ、言っとくけど、だいたいおまえのせいだからな!
むうっと唇を尖らせたまま、外したゴムを縛ってティッシュでくるみ、次のパックを開ける。混乱したままぽろぽろ泣いてる一織にキスをしながら片手でしごいたら、回復はあっという間だった。
「おまたせ、っ、」
またゴムをかぶせて、はくはくとさみしげにひくつく場所を、今度は最初から遠慮なしに奥まで貫く。
「やっ、なにっ、アッ、あ――――ッ!?」
オレの下で、一織がびくびくと跳ねた。オレが間抜けにばたばたしたせいで気が逸れていたんだろう、射精を拒んでペニスを握っていたはずの手が中途半端に浮いていて、――なのに視線を向けた先で一織のそれは萎えずにフルフルと震えている。白い腹にも吐き出した痕跡はない。反応は完全にイッたときのそれなのに、物証が噛み合わない。
「あっ、あん、あ、……や、やだ、とまんなっ、へん、へんっ……!」
「え、あれ、いおり……?」
「イッ、ちゃう、いく、っまた、やぁ、やだ、ななせさん、へん、たすけて、あ、あ、あ……!!」
いままで見たことのない様子が心配でかがみ込んだオレに、一織がしゃくりあげながら縋りついてきた。繋がった場所できゅうきゅうとオレを締めつけたまま、またぶるぶると痙攣して、声を上げる。でも、性器の先からはやっぱりなにも出ない。
これって。
「ッア、ななせ、さ、ななせさん……っ、こわ、こわい、やだっ」
「い、いおり、うわ、そんな、締めないで……っ」
ドライ……ってやつだろうか。これが?
一織は混乱の極みという様子で、子どもみたいに泣きながらオレに抱きついたままだ。色白の肌を真っ赤に染めた様子も、無防備な泣き顔も、目の毒なくらいにそそられるけど、同時にあんまり苦しげで心配になる。
「だ、大丈夫……?」
「わっ、かんなっ、うぁ、」
「うわ待って、ヤバ、ンッ、……えと、……1回抜く?」
入れたばっかだけど。不規則にひくつく一織のナカが正直めちゃくちゃ気持ち良くて、今だって動くのを我慢してるんだけど、一織が辛いならそんなの二の次だ。……オレも1回出してるし。
だけどオレの質問に一織はフルフルと首を横に振って、オレの肩にほてった顔を押しつけた。
「一織?」
「ふぁ、あっ、……や、です、いや、」
「でも、」
「ばかっ、ななせさんのばか、っひどく、してって、言ったぁ……!」
その瞬間、ぜんぶ吹っ飛んだ。
「っ、ああああああっっ……!!」
「ハァッ、いおりっ、一織、一織ッ」
暴れる身体をシーツに押しつけ、足を肩に担いで、浮かせた細い腰に、めちゃくちゃに熱を叩きつける。体重をかけて奥をつき、戻しながら腰を回して、おなかの浅いところにある感じるポイントもゴリゴリこすって、オレを欲しがって健気にうごめく場所に、オレの存在を刻みつけていく。繋がった場所から受け取る熱と同じくらい、一織の身も世もない泣き声がオレを昂ぶらせる。犯してるのに、犯されてるみたい。
「あああん、だめえ、いく、またイく、うぁ、ッ、あ、あ、……い、きもち、イイ……!」
「っオレも、きもちい、――ッ、一織、すき、っく、すきだよ、すき」
「なな、ア、ななせ、さん、すき、すき、すき、……もっと、だめ、に、し、て……!!」
「い、お、りっ、……っ、――!」
気持ち良くて、嬉しくて、幸せで、気がついたらオレもちょっと泣いていた。
一織が怯えるもの、こわがること、欲しいのに欲しいと言えないでいるもの、したいのにできないこと、望み、喜び、それを全部知ってるだなんて、とても言えない。一織のまあるい頭の中身はオレには複雑すぎて、永遠に解けない謎みたい。でも、だからこそ、夜のにおいのホットミルクといっしょに差し出してくれる、一織のすなおな願いごとは、ぜんぶぜんぶ叶えてあげたいんだ。
ななせさん、ななせさん――もう、うわごとみたいに名前を呼ぶしかできない一織の唇にキスを贈る。舌を差し入れて、一織の甘い熱を味わう。
そこにアルコールの残滓は、ちっともない。本当のことを言えば、はじめからそうだった。一織がブランデーを入れたのはオレのミルクだけ、一織は一滴だってお酒を飲んでない。
『できない』って、あの日一織は泣いた。素直に甘えるのも、甘やかされて喜ぶのも、ふだんの一織には難しくて、だから記憶をなくすふりをしてお酒に頼って――でもそれは偽物の自分だと傷ついていた。
オレの下で、偽物の一織のふりをした、ほんものの一織が、甘ったるくオレを呼ぶ。
「っ、ななせさん、ああ、ななせさん――」
オレの手で高められて、オレにひどくされて、泣きむせんで熱をねだる。
「ななせさん、っあ、すき、ななせさん、もっと、ああ、ああ、ああ……、」
「っ、いおり」
どうしようもなく胸が詰まって、オレは一織に頬をすり寄せた。
「すき、すきだよ、あいしてる、一織、一織……」
オレの背中を抱きしめて、うっとりと瞳をとろかした一織が、絶え間ない嬌声のあいまに、かわいい、すき、とほほえんだ。