白手袋と誓いのことば

 わあ、と陸があげた弾んだ声に、一織は唇をむっつりと引き結ぶ。照れくさいのが七割と、腹立たしいのが三割といったところだ。アイドルとしてカメラの前に立つことにはすっかり慣れたが、その姿を身内に品評されるのは、未だに居心地が悪い。さらに題材が題材で、コメントを付けてくるのが陸となれば、羞恥心もひとしおだ。
 編集部から送られてきたゲラには紡とともに目を通していたから、どの写真が選ばれてどのように記事にされているかは発売前から知っている。だから陸には一人で見てくれと伝えたのに、まるで聞く耳を持たない陸が、本日発売の雑誌を胸に抱えて部屋に突撃してきたのが、十五分前の出来事だ。
「一織格好良い!」
 屈託なく笑った陸が、肩越しに一織を振り返る。これ、これ、と指差されて、一織は仕方なく雑誌に視線を向けた。
 陸が指差したのは、青を基調としたステンドグラスの前に佇む一織の写真だ。記事の中でもひときわ大きく扱われたそれは、照明を抑えたチャペル内の、神秘的で荘厳な雰囲気が巧みに切り取られている。
「この手袋もいいよな、雰囲気出る! 王子様みたいで一織にぴったり」
「あ、……ありがとうございます」
 陸の褒め言葉は、いつだってストレートだ。もごもごと礼を述べた一織に、陸は「一織照れてる!」と楽しげに笑った。そうやってすぐにからかってくるから、一織の唇からも「うるさいですよ」なんて憎まれ口が飛び出してきてしまう。
 褒めてるのに生意気、可愛くない、と陸が唇を尖らせ、可愛くなくて結構、とお決まりのフレーズで一織も応じる。
 少し前はこんな些細なやりとりから頻繁に喧嘩に発展したものだけれど、最近はお互い慣れてしまって、半分は遊びのようなものだ。大和と三月の喧嘩の一件で一織が寮をしばらく離れていた時期なんて、物足りなくて仕方なかった。楽屋で久々に会った陸に、小言をBGMと言われたときにはこの男どうしてくれようかと思ったけれど、恋しいよと甘ったれた声で言われてときめいてしまったのも否定しがたい。
「手袋、嵌めてるのも似合うと思うんだけど。そういう写真はないんだ? ボツ?」
「ああ」
 ほら、陸の興味はもうすっかり逸れている。こほんと咳払いをして、一織は最近仕入れた雑学を披露した。
「これは持つだけなんです。こういう場で新郎の持つ白手袋は、『花嫁を守る剣』の代わりだそうですよ。妻が悪魔にさらわれないよう、剣を取って戦うという決意の証ですね。侮辱するものがあればその足元に手袋を叩きつけて、決闘を申込みもする」
「ほんとに王子様だった! ううん、騎士様かな?」
 目を円くした陸が、もう一度写真に目を向ける。チャペルに立つ一織の写真を指でなぞって、少しだけ困ったような顔をした。
「やっぱり格好良いなあ、一織。……ちょっと妬けちゃうかも」
「は? 馬鹿じゃないですか」
 一織はひとつため息をついて、伸ばした指先を、陸の胸元に突きつける。
「私が騎士だというのなら、私が剣を捧げる相手はIDOLiSH7ですよ。IDOLiSH7のセンター、七瀬陸さん、あなたです。今までも、これからも、ずっとね」
「…………っ!」
 ぽん、と音の出そうな勢いで、陸が頬を真っ赤に染めた。あんまり見事に照れられて、一織の頬にもじわじわと血が集まってくる。
「ずるい! 照れ屋のくせに!」
「なんですかそれ……。…………もう言いません」
「ええ~、もう一度言って! 録画する!」
「どっちなんですか。却下します」
「一織のけち!」
 わあわあとピントの微妙にずれたやりとりは、お互いの照れ隠しだと知っている。ひとしきり言い合って、もう一織はぁ、と代わり映えのしない文句で締めくくった陸が、ふとなにやら思いついた様子で首を傾げた。
「手袋持つのって左手?」
「ああ、いえ、この写真だと左に持っていますが、正式には右手ですね。ここから持ち替えて、こう……」
「そっか、剣だもんな。でも、一織なら器用だから左でもいけそう。で、右手はこっち」
 うんうんと頷いた陸が、ひょいと左手を伸ばして、一織の右手をつかまえる。
「ね。こうしたら、オレだって一織のナイトになれる! 一織は王子様みたいに格好良いけど、年下で泣き虫なんだから。オレも一織を守ってあげる。置いていかないし、置いて行かせないって言っただろ」
 名案! とばかりにニコニコ笑って、陸がそんなことを言いながら、ぎゅっと手を握ってくるものだから。
 泣き虫じゃないですとか、あなたこんなやりにくい姿勢でドジを踏まないわけがないでしょとか、そもそもただの例え話でしょうとか。
 そんな言葉はもう、ひとつも、一織の唇からは出てきてくれない。
 ましてや、お互い頬を赤らめて手を握り合っているのが、まるで神の前で愛を誓う儀式のようだ――だなんて。
 青い婚礼衣装を纏って式場に立ったあの日、一瞬視界をよぎった白昼夢みたいだ、だなんて!
 言えやしない意地っ張りの一織の唇は、ばかなひと、と小さく囁いてから、ほのかな笑みの形をつくった。