「一織と結婚したいなぁ」
ぽろりと願望が唇からこぼれ落ちたのは、寮に届いた雑誌の中の、紺色のタキシードを着て教会の中にいる一織が、あんまり綺麗でかっこよかったからだ。
一織を欲しがる人は、きっとたくさんいるだろう。一織はオレのだよって言えたら、どんなにいいだろう。
隣で本を読んでいた一織が、オレの方を見て、ぱたりと本を閉じた。
盛大に照れるか、馬鹿なことを言ってとプリプリ怒るかと思ったけど、一織の表情はどちらでもない。
「七瀬さん。結婚式って、どういうものだと思いますか」
「どういう、って」
一織のすんなりとした指が、雑誌の写真を撫でる。文化財のステンドグラスの荘厳な光。美しかった、背筋の伸びる想いだったと、珍しく興奮した様子で話してくれたっけ。
「結婚と、結婚式は違うものでしょう。結婚は法律上の手続きですが、結婚式はセレモニーです。結婚はしても、式は挙げない人もいる。逆に、法律上の配偶者にならずとも、結婚式を挙げることは可能です。では、『結婚式』とはなにか。日取りを決め、特別な装いをして、招かれた参列者の前で、これからの人生を二人で歩むと誓う。――この撮影をしながら、ライブと似ているな、と思ったんです。その日のための衣装を着て、来てくださったお客さんの前で、私達はこれからもずっと、ともに歩んで行きますと約束して……、それを見守って、変わらず応援してくださいと願う」
そこまで一気に喋ると、一織はオレの目を見て、ふわりと笑った。
「だから、それでいいかなって。法律上の手続きは、私達にはできない――少なくとも今の法律ではね。そして、結婚式を挙げなくても、ステージの上で、何度だって私達は誓うでしょう。ずっと隣にいます、一緒に生きていきますと。私はあなたを置いていかないし、あなたは私を置いていかない。これ以上のものがありますか?」
「……それは……、でも……」
わかるような、でも納得しきれないような、そんな気持ちでオレは唇を尖らせる。
「アイドルのあなたとプライベートのあなたを分けてと言われても困りますよ。私にとってのあなたは最初からIDOLiSH7の七瀬陸で、私のスーパースターなんだから」
「だけどさ……、オレだって解散したくないよ、ずっと一緒にやっていきたい、でも、未来はわからないだろ?」
「未来が不確定なのは、プライベートな関係だって同じことでしょう」
「もー、ああ言えばこう言う! だって、それじゃ、……オレがいつか歌えなくなったら、どうしたらいいんだよ」
言ってしまって、あっ、とオレは口を覆った。だけどもう、言ってしまった言葉は戻らない。そうか。そうだ。結婚したいなって思ったのは、一織をオレにつなぎ止めたいって思っちゃうのは、そういうことだ。いつかもし、オレが歌えなくなった日に、一織がオレの手を離してしまうのが怖い。歌えなくなったオレでも、スーパースターじゃないオレでも、一織のそばにいていいって、約束が欲しいんだ。
「…………、あ…………」
口元を覆う、手が震えた。かっこ悪くて、なさけない。
はぁ、と一織が小さくため息をつくのが聞こえて、オレは肩を震わせる。
「……馬鹿なひと」
だけどため息に続いたのは、びっくりするくらい甘くて、優しい声だった。おそるおそる顔を上げると、一織は眉尻を下げて、困ったような顔で笑っている。
「前にも言ったでしょう。あなたと同じだけ歌える健康な誰かがいても、私はあなたを選びますって。……いつか、あなたが歌えなくなっても、二度と人前に立つことができなくても……、あなたがあなたのままなら、百年分歌って死にたいと言ったあなたのままでいるなら、あなたを支えていたい」
こんな私は重荷ですか、と、囁くような声で一織がたずねた。オレは首を横に振る。何度も振った。
だって、そういう一織だから、欲しいんだ。
「戸籍より、結婚式より、指輪より……、あなたと立つステージが、あなたと描く夢が、あなたに願う流れ星が、私達の約束で、誓いだと……、そう信じていたいんです」
「……うん」
そろりと手を伸ばして、一織の手を握った。同じだけの力で、一織が握り返してくれる。
そうだね、一織。誓いはここにある。
ロマンチストの一織は、心を伴わない形だけの関係なんて、きっと赦してくれないんだろう。オレは一織より少しだけリアリストで、だから目に見える約束が欲しかった。失いかけたときに繋ぎ止めるためのなにかを手に入れて、安心したかったんだ。
人の心は不確かで、移ろいやすくて、ずっと一緒だと信じていた人が、離れていくことだってある。オレはそれを知ってる。一織はたぶん、まだ、本当には知らない。
……だけど、約束を形にしたって、同じことだ。
「オレ、歌うよ」
だから、いまのオレに言えるのはこれだけ。
「いつか歌えなくなっても、おまえがいてくれるなら、ずっと、歌いたいって思い続ける。流れ星を降らせるために……、オレの声をみんなに届けたいって、願うよ。きっとそうする。だから、ずっと、オレの隣にいて」
「はい」
かたく手を握りあって、オレたちは目を伏せる。
病めるときも、健やかなるときも。ずっと、一緒に、歩いて行くんだ。