おめでとうをあなたに

 さすがに毎年とはいかないけれど、夏の4グループ合同ライブはボクたちの定番になった。アンコールも含めてすべての曲を歌い切り、心地好い疲労に包まれながら最後の挨拶をしようと息を整えたところで、
「さて! ここで少し、みんなの時間をオレたちにください!」
 ステージ中央で和泉三月が明るい声を張り上げた。ぱっと会場の視線を集める技量に感服しつつ、打ち合わせにない流れに戸惑っていると、下手からガラガラと車輪の音がした。はっと気づいて右隣を見やると、楽が姿を消していた。それもそのはず、和泉一織と並んで台車を押しながらこちらへ歩いてくるのが楽だ。
 台車の上には大きな、白い――ああ、認めるしかない。特大のバースデーケーキだ。今日の日付は7月9日。ボクと、陸が、この世に生まれた日。
 お客さんもすっかり気づいていて、割れんばかりの拍手や、おめでとうの声とともに、ボクらの名前が呼ばれている。
「ほら、天」
 龍のあたたかい大きな手がボクの背中を押して、ステージの中央に向かわされる。反対側からは陸が四葉環と六弥ナギに押されるまま、驚きを隠せない顔で、それでもくすぐったそうに笑いながら、中央に出てくるところだった。
 少し遅れて、楽と和泉一織の押す台車が到着する。楽のからかうようなニヤケ顔にも、和泉一織の澄まし顔にも腹が立つ。もちろんボクはアイドルなので、感情のままの顔をお客さんの前で見せたりなんかはしないけれど。
『やればいいじゃないですか。あなた方のプロフィールなんか、ファンはとっくに知っていますよ。かたくなに避けるほうが不自然と思われるでしょうに』
 あきれ顔で彼にそう指摘されたのは何年前の話だっけ。ボクがずっと頷かずにいたから、実力行使に出たらしい。
 盛大に文句を言ってやりたいけれど、最高だったライブの空気を壊したくなくて、ボクは必死で「サプライズに驚く九条天」の仮面を被る。仮面の下、目の色だけで非難したって、和泉一織は涼しい顔だ。
 楽も龍も――たぶんこの場にいる、ボクと陸以外の全員が、この計画を知っていたらしい。思わず舞台袖を見やると、何年経っても変わらない美貌の敏腕マネージャーが、両手を広げてボクを諭すように苦笑していた。
 最後の砦があの有様では、悔しいことに、ボクの敗北は確定だ。
「皆さん」
 和泉三月からマイクを受け取った和泉一織が、会場に呼びかけた。
「今日が何の日か、ご存知のかたも多いと思いますが――」
 客席から返ってくるたくさんの歓声に耳を傾けて、うんうんと頷き、にこりと笑う。
「うちのセンター、七瀬さんと」
「うちのセンターの九条天。二人とも、今日が誕生日なんだ。せっかくだから皆で祝おうぜ!」
 マイクを引き取った楽が楽しげに会場を煽った。客席がひときわ大きく沸いて、ボクらへの祝福の言葉が降り注ぐ。
 ボクの隣に立った陸が、ぱあっと満面の笑みを浮かべた。幸せそうで、嬉しそうで、この笑顔のためならなんだってしたくなるような、とびきりの表情。
「お祝いの前に――九条さん、七瀬さん。そろそろお二人の秘密を、ファンの皆さんにも話して差し上げてもいいんじゃないですか。お二人が――」
 嘘でしょう!?
 ざっと血の気が引く。まさか、そんな。あり得ない。陸のためにならないことをする子じゃないでしょう。でも。どうして。
 内心で狼狽するボクに、いたずらっぽいウィンクをひとつこちらへ飛ばして、和泉一織は淀みなく続けた。
「――『血の繋がらない双子』だって」
 なんて!?
「そうそう。こいつら同じ年で、誕生日も同じ、背格好もそっくりで、声の相性も最高だろ?」
「別々に生まれた双子だったりしてね、運命的だねえって、知り合ったときからすっかり意気投合したんだよね!」
「つってもTRIGGERさんは当時の俺らにとっちゃ胸を借りるライバルグループ。ブラホワやMOPで対決する相手だろ。なれ合いとか八百長とか言われんのも不本意だってんで」
「カメラの前じゃあんまべたべたすんなよーって言ってたんだよな。まあ、陸はときどきダダ漏れてたけど!」
 うちとIDOLiSH7のメンバー達が次々に、ボクの知らない過去を語り出す。
 なんて茶番だ。そう思うのに、どうしよう。楽しくなってきてしまう。
 困り果てて隣を見ると、まったく同じ動きで陸もボクに顔を向けてきた。天下のアイドルグループのセンターが二人して、ステージの真ん中で、まぬけに顔を合わせている。
 ああ、もう、なんて構図。
「……ふふっ」
「あはは!」
 同時に吹き出すと、笑いは周囲へ瞬く間に伝播した。
 みんな笑っている。僕らも、仲間も、客席のファンも。
 なんだか、もう、ばかみたいだ。
「ばれちゃったね、天にぃ!」
「そうだね、陸」
「ほら、皆さんごらんください、カミングアウトしたとたんにこのデレデレした顔。ちなみに正真正銘同い年のお二人ですが、九条さんのほうが先輩だし大人っぽいしということで『天にぃ』だそうです。私としては、七瀬さんが子供っぽいだけかと……」
「ちょっと和泉一織、『うちの弟』に失礼じゃない?」
 腕を組んで、顎に指を当てて。ことさらに芝居がかって言ってやると、和泉一織はにこりと――こちらの気分的にはニヤリと――わらって、これはすみませんと大袈裟に頭を下げる。
「なーなー、はやくケーキきろーぜー」
「環くん、ダメだよ! 先にお祝いを言わなきゃ」
「だな! みんな一緒に歌って、陸と九条を祝ってやってくれな! せーのっ!」

 Happy birthday to you.
 Happy birthday to you.
 Happy birthday dear…

 ホール中に、ボクらを祝う歌が響いた。
 ライブやイベント中に祝ってもらうのは、これが初めてじゃない。だけど、陸と二人で並んで、こんなにたくさんの人の前で祝福を受けるのは、初めてのことだった。
 どうしようもなく、胸が熱くなる。
 わかってる。これは、嬉しいって気持ちだ。
『血のつながらない双子』。そんなアクロバティックなフレーズを、誰が信じるって言うんだろう。せっかく周到に避けてきたのに。頭の冷静な部分はそう叫ぶけれど、ボクはどこかで落ち着いてもいた。
 だって、ボクらの関係は結局いままで、決定的に暴露されることはなかったのだ。こんなに不自然なプロフィール、いくらだって疑える。ボクと陸は中学まで同じ家に住んで、同じ学校に通っていた。その事実に誰も行き当たらないなんて、そんなことはそもそもおかしいのだ。
 大丈夫。
 きっと、大丈夫だ。
 祝福のメロディに乗せて、僕らの名が口々に叫ばれる。僕らはもう一度顔を見合わせて、同じタイミングで口を開いた。

 Happy birthday to you!

 向き合って、笑い合って、互いを祝う歌を高らかに歌う。陸が腕を伸ばして、思い切りボクに抱きついた。たたらを踏みながらも、ボクは陸の身体を抱き留めて、抱き返す。
 ボクの腕の中にいるのは、遠い記憶の中のやせっぽちの陸じゃない。ハードなライブではしゃぎまわっても疲れを見せない、りりしく健康で、格好良くてかわいい、トップアイドルの七瀬陸だった。
 たまらなく嬉しくて、どうしようもなく寂しい。
 やっぱり、キミのこと嫌いだな。胸の内で、和泉一織への恨みごとをこぼす。どうせお膳立てしたのは彼だろう。相変わらず、お節介で、優しくて、残酷な子。
 ボクの『血のつながらない双子の弟』が、キラキラと瞳を輝かせ、ボクの顔を覗き込む。
「お誕生日おめでとう、天にぃ!」
「お誕生日おめでとう、陸」
 微笑みあって、手を繋いだまま、客席へと向き直る。
「みんな、祝ってくれてありがとう! 大好き!」
「ボクからも、ありがとう。愛してるよ」
 今日一番の歓声が僕らを包み込む。ボクは楽と龍に、陸はIDOLiSH7のメンバーに、わあっと取り囲まれてもみくちゃにされた。
「そろそろオレたちのことも思い出したかにゃ~?」
「仲間はずれ、ひどいよね」
「ええーっとあの……オレらからも、おめでと……」
 まさしくわちゃわちゃと呼ぶべきカオス状態へと、Re:valeさんたちがŹOOĻを引き攣れて乱入してくる。そこからは百さん無双だ。てきぱきと指示されるまま、ボクと陸は一口ぶんのケーキを刺したフォークを互いに向け合ってる。
「……これ、誕生日にやることだったか……?」
「お二人の絆の確認だそうですから……」
「この人たちの『ブラコン』の前になにを言っても無駄ですよ」
 ぼそぼそと囁きあう御堂虎於と棗巳波に、和泉一織がことさらに『ブラコン』を強調しながら突っ込みを入れる。
「ねえ、正真正銘のブラコンのキミには言われたくないんだけど?」
「兄さんは素晴らしい人ですから私が慕うのは当然でしょう!?」
「おお、オレの弟が今日もかわいい……」
「ねー、そろそろ疲れてきたよー」
「よっしゃ! じゃあ千さん、お願いします。おまえらも応援してやれよ! せーのっ」
「はい、あーん♥」
 完全に面白がっている千さんの甘ったるいかけ声に合わせて、陸の口元にフォークを差し出す。同時に、陸が持っているフォークに、ぱくりと噛みついた。
 きゃああああっと、何度目かの大歓声が上がる。
 まったく、本当に、ボクらときたらなにをやっているんだろう。
 呆れる気持ちや、この先を心配する気持ち、勝手にことを進められたことに腹を立てる気持ち、たくさんの想いが胸の中でまぜこぜになって――でも。
 唇に白いクリームを付けた陸が、あんまり幸せに笑っていて。
 なにより、ボク自身の感情が、幸せでたまらないって叫んでいる。
 ああ、神様。
 もういいよね。
 これが幸せだって、思っていいよね。
 ありがとう、ありがとう、みんな大好き!! 陸が大きく両手を振る。
「……うん。ありがとう、みんな。ボク――」
 ボクは顔を上げて、ステージの仲間たちの顔を、そして客席を埋め尽くす赤とピンクの光の洪水を見渡した。
 なんて美しくて、優しい光だろう。
「ボク、ここにいられて、よかった」