* * *
[金城たちに話した]
短いメールを送った直後に携帯がやかましく着信を告げて、
「ショ!?」
巻島は思わず声をあげて、携帯をお手玉した。
『もしもし巻ちゃーん! 俺東堂! なんだよ、さっきメールくれたじゃないか、早く出てくれよ!』
取り落としかけた携帯を握りなおして通話ボタンを押せば、待ちかねたように東堂がはしゃいだ声音で喋り出す。
「おめェの電話が速攻すぎてびびったっショ」
『えー、だって巻ちゃんからメールくれるなんてなかなかないだろ! 嬉しくてな!』
「暇人か」
巻島のつっこみに東堂はワハハと笑う。
『まーな! インターハイも終わったしな! 楽しかったな巻ちゃん、インターハイ!! 優勝おめでとう、悔しいが、いい勝負だった! おまえのとこのメガネくん、すごいな。いい後輩を持ったな巻ちゃん』
「……おぉ」
『まぁ、個人成績じゃ俺が上だったけどな! 勝負は俺の九勝七敗ってことでいいか?』
「おめェなあ。ラストは個人の勝負じゃねェショ」
『ワッハッハ、冗談だよ冗談! ――なあ、巻ちゃん』
ふざけた高笑いから、するりと声色をまじめなものにする切り替えの巧みさはいつだって東堂の得意技で、不器用を自認する巻島はいつも一拍だけ置いて行かれる。
『話したんだな、金城たちに』
「……おう」
『じゃああの話、もう解禁でいいんだな、おまえの、イギリス行きの。うちの奴らにも、話していいか』
「ン」
『――――』
はぁぁぁ……と、大きなため息が、電話の向こうから届いた。
『ああ、良かった。きつかったぜ巻ちゃん……』
「尽八ィ」
『なんだい、巻ちゃん』
「……ありがとな。あんとき、金城たちに言わねェでくれて」
『だって、誓っただろう。俺は、おまえにした誓いをたがえるようなことはせんよ』
言い切って、東堂は照れたようにハハと笑う。
『いや正直、誘惑にかられたのは事実だ……言っちまっていいのかよって脅したら、勝負に乗ってくれるんじゃないかって、考えないでもなかった。すまん』
「…………結局言わなかったんだから、謝ることじゃねーショ」
『そう、だな。しかし喉のここまでせりあがっていたからな。俺は少し自分が怖かったよ、巻ちゃん。我ながら、おまえに執着しすぎではないのかと』
「それ今更おめェが言うかァ!?」
思わず全力でつっこむと、東堂はまた、明るい声で笑った。
『そうだな、今更すぎるくらい今更だな! だからもう、諦めてくれ。俺はおまえに執着するよ、これからも、ずっとだ。会えなくても、競えなくても、どこでなにをしてるかわからなくなっても、ずっと、たぶん、死ぬまで、死んでもかな、なぁ巻ちゃん、天国にロードバイクって持ってけるかなぁ』
「……おめェ、地獄行きじゃねぇの。さんざっぱら俺にストーキングしやがってヨ」
『ひどいぜ巻ちゃん! そんなら巻ちゃんだって、地獄行きだ、ひどいやつだ、俺が、おまえに、何回泣かされたと、思って……っ』
とうとう隠しようのない涙声で、嗚咽混じりに、東堂は巻島を責め立てる。
巻島はため息をついた。ひくつく喉のせいでふるえた音に、東堂は気づいただろうか。
「ばぁか、東堂」
『…………まぎちゃあん……』
「勝手に終わりにすんな。おめェ、ストーキング得意だろ? これまでオレがやめろっつってもしつこく連絡してきやがったろ」
『…………!! まき、ちゃ』
「勝ち逃げなんかさせるかっつーの。なァ、尽八、おめェ、オレの一生モンのライバルなんだろ?」
『巻ちゃん! 巻ちゃん巻ちゃん巻ちゃん……!!! そうだ、ライバルだ、俺たちは! 一生! 何度だって闘おう、俺は何度でもおまえに勝つ!』
「負けねェよ」
『言ったな! 約束だぞ! 必ずもう一度、いや何度でも、レースで、山頂を、ふたりで!!』
クハ、と、笑う巻島の頬を、透明な液体が滑って、熱い地面に落ちてはじける。
「――あァ」
遠く箱根にいる東堂に見えるはずもないのを承知で、巻島はいつかのように手をあげた。
「了解だ」
* * *
冷たい雨のなかで、初めての約束をした。
それが最初で、そして最後だと思っていた。
――けれどセミの声の降り注ぐ真夏、泣き虫のライバルと、交わしたのは思ってもみなかった二度目の約束。叶う日が来るかどうかなんてわからない、けれども諦める気なんて、きっとどちらにも、欠片もないのだ。
(イレギュラーは、オレの得意っショ。なァ、裕介)
これが最後の約束になるなんて、いまはもう、巻島は思わない。
何度でも。
ずっと。
おまえを、おまえだけを、
――ライバルと。