あなたへのエール - 2/2

 1月24日、その日の一織の最後の仕事は、ラジオ番組のパーソナリティだった。週1でオレらの誰かが出演して、リスナーからの手紙を読んで、コメントを返す、15分間の短い番組。高校生の一織や環も出られる8時半からの放送なので、勉強のお供に聞いてくれてる中高生が主なリスナーらしい。
 その、ラジオで読まれるには長い手紙を、一織は最後まで読み上げて、それから少しだけ沈黙した。一人でやるラジオでの長い沈黙は、そのまま放送事故だ。オレは内心ハラハラしながら一織が口を開くのを待つ。がんばれ、がんばれって、気がついたら口にしていた。あいつが今どんな気持ちか、想像がついたから。
 一織が声を発するまでの、ひどく長く思えた沈黙は、たぶん実際にはそれほど長くはなかったと思う。
『ありがとうございます』
 静かな声だった。他人には分からないくらい、ほんの少しだけ震えていて、それを隠すためだろう、いつもより声のトーンがやや低い。
『私が、こうして、IDOLiSH7の一員としてアイドルをやっていることで、そんなふうに励まされて下さってるかたがいるんですね……。想像もしませんでした』
 泣き出しそうな、嬉しそうな、幸せそうな声だった。あいつは取り繕うのがうまいから、他人が聞いたらいつもの一織の声に聞こえるかもしれないけど、一織が生まれた日からずっと兄ちゃんやってるオレの耳はごまかせない。
 やばい、オレまで泣いちゃいそう。
 なあ、良かったな、一織。おまえ、ずっと、頑張ってる奴を応援したかったんだもん。
 一織がアイドルになったのはオレのことがあったからで、そのことはやっぱ気になってた。楽しそうにやってるし、一織のやりたい応援だって、アイドル本人だからこその形でもできてて――例えば陸を支えて歌うとか――だからまあいいのかなって納得するようにしてたけど。
 でもアイドルやってるおまえがいるから、真面目な優等生のおまえがそのままでアイドルやってるから、励まされる子がいるんだってさ。
 きっとこの子だけじゃないよ。すげぇな、一織。
 ラジオの中で、一織がふふっと笑った。
『真面目、上等じゃないですか。真面目な方々のおかげでこの社会は滞りなく支えられています。私もこの仕事を始めて、真面目で、真剣で、魅力的な、たくさんの大人の方にお世話になりました。
 お祝いのメッセージも、ありがとうございます。まだ未成年ではありますが、大人に一歩近づいたようで、身が引き締まります。あなたも、私も、真面目で真剣な、立派な大人になりましょうね。では、次のメッセージ――』
 さて、こうしちゃいられない。
 イヤホンをスマホにさして部屋着のポケットに入れ、オレは立ち上がった。一織の誕生日パーティは明日の夜で、そのための食材は仕込み済だ。でもそれとこれとは別。仕事を立派に頑張って帰ってくる可愛い弟のために、とびきりの夜食を用意してやんなきゃ。『真面目な一織』は、こんな時間にって唇を尖らせるんだろうけど。真面目にやるのが一織の役目で、いーのいーのって笑うのがオレの役目だもんな。
 なにを作るかって? もちろん、くまさんのパンケーキに決まってる!