ざっと身体を流したあと、たっぷりと湯を張ったバスタブにイワンは身を沈めた。
いつもなら、疲労した身体を包む湯の感触に、あぁと大きく息をつくところだけれど、今日に限ってはイワンの唇から洩れたのは蚊の鳴くようなあえかな吐息だけだ。
ほてった身体が落ち着くようにとぬるめにした湯温もまるで功を奏さず、むしろどんどんと体温があがっていくような気さえする。まるで、もう風呂にのぼせてしまったようだ。たったいま、入ったばかりなのに。
わかっている。イワンがのぼせているのは、風呂ではなくて、恋人にだ。
「うう……」
羞恥に呻いて、ぬるい湯の中で身をよじらせる。とたんに身体がずくりと疼いて、イワンははぁ、とまた熱い息を吐き出した。
自分の下半身がどうなっているのか、見なくてもわかる。
抱きしめられて優しくキスされて、そのキスが深まるまえに抵抗した。そのあとはたくましい腕の中にゆるく捕えられて、囁きでつたわる距離で会話を交わして、最後に少しだけ腰骨のところをなぞられて、――触れあったのはたったのそれだけだ。
たったのそれだけで、後戻りできないところまで来てしまっている。
なんていやらしい身体になってしまったのだろう、自分は。
『一緒にお風呂に入ろう?』
キースが提案してきたのはそれだけだ。それだけだけれど、情欲を色濃く乗せたその声音は、入浴だけでは終わらない意図を明らかに示していた。確かに浴室での行為なら、洗い流してしまえば痕跡はなくなるのだから、イワンが拒む理由はなくなる。ノー、の答えを封じられて、イワンにできたのは震えながら頷くだけだ。
向かい合って衣服を脱ごうとして、巧く手に力が入らないイワンにキースは笑いかけ、先に行っていていいよと浴室を示した。自身は備え付けの冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターの封を切る。そうしてくれたのはキースの気遣い、だと、思っていたけれどもしかして違うのかもしれない――と、いっこうに熱の冷めない身体を持て余しながらイワンは考えた。
だってこんなの拷問みたいだ。全身で彼を欲しがっている身体を抱えて、白熱灯に隅々まで照らし出された浴室のなか、身を隠すものひとつない姿で、彼の訪れを待つだなんて。
律儀なノックの音がイワンを我に返らせ、続いてキースの声が聞こえた。
「イワン。入るよ」
優しく、けれども疑問形でなく断定の形で告げて、キースが曇りガラスの扉を開けて入ってくる。当り前だけれど彼も全裸で、だから明るい照明の下では引き締まったたくましい肉体が、そしてもうすでに猛々しく反り返った彼自身までが見えすぎるほど良く見え、イワンはあうあうと唇をわななかせた。彼がイワンを欲しがってくれている、そのなによりの証が、恥ずかしくも嬉しくて、目を逸らしながらもそれを視界の外に置くことが出来ない。
シャワーで身体を流したキースが、では失礼するよとやはり律儀に断って、浴槽に足を入れてくる。高級ホテルと言っても成人男子二人にはあまりにも狭いその場所にイワンが縮こまりながら困惑していると、キースはイワンの腰を支えて隙間に足を滑り込ませ、膝を立てて内側からイワンの足を割り開いた。
「ひゃうっ……!」
早業で整えられた、あまりにも恥ずかしい体勢にイワンは悲鳴を上げた。腰がずり下がり、膝はキースの足で浴槽のふちに固定されて、身体の中心の恥ずかしいところを全てキースに晒している。思わず逃げだそうとすれば手首までとらえられて、どうしようもなくイワンは泣きながら訴える。
「や……っ、はず、恥ずかしい、見ちゃやだ、キースさんっ」
「可愛いよ、イワン」
返答にならない返答をして、キースはイワンの唇をふさぐ。ベッドルームでした優しく始まるキスとは打って変わって、最初から噛みつくような激しいキスだった。侵入してきた舌に口中をまさぐられ、上あごの裏の弱いところをくすぐられて、甘い鼻声がひっきりなしに漏れる。いつもなら羞恥のほうが強くてなかなか出せない声が、こんな初手から抑えられずにこぼれていることに、イワンは自分でもまだ気づいていなかった。気持ちいい。気持ちいい。だいすき。そんな言葉ばかりがぐるぐると頭をめぐる。触れあった粘膜ばかりでなく、髪に差し入れられたキースの無骨な指の一本一本にすら背筋がしびれる。気づけば腰が誘うように揺れていた。恥ずかしい、と呻くように思いながらも止められない。
「イワン……ああ、イワン」
いつもベッドの上で聞かされる、とびきり淫蕩な声音でキースが名を呼んだ。
「嬉しいよ、とても感じてくれているんだね……。ほら、きみの胸、どうなってるかな?」
「んぁっ……どう、っ、てぇっ……」
「ほら、きみの可愛いここ」
見せつけるように反らされた胸の頂、赤いふくらみの周りを、キースはじわじわと撫でた。一番敏感なところに触れないまま、やわやわと揉み、ゆるく刺激を与えてくる。
「教えてくれなければ、触らないよ」
「やっ……や、だぁ……」
「じゃあ、教えて」
「うううーっ……ぼ、僕の、――僕のちくびっ、ツンって、んぁ、尖っちゃって、あン、キースさん、キースさんに、触って、ほしくてっ……!!」
「っ、きみは本当に……っ!」
絞り出すような言葉と同時にきゅっと両方の乳首をつぶされ、くりくりといじられて、イワンは悲鳴を上げながら身悶えた。
「あ、ああっ、ひゃん、あ、や、キースさ、あっあっあっ、ああーっ」
「イワン、イワン」
「や、やだ、あん、きもち、きもちいいよぅ、だめ、キースさん、だめ、だめだめぇっ」
「どうして、だめ、なんだい」
「だ、だって、だって、あ、ぼく、変になっちゃう、あっあっ、おかしく、なっちゃうからぁっ」
「なればいいさ……!」
獰猛な獣のようにキースが唸り、手首を強く引き寄せた。ぐっと腰を押しつけて、近づいた二人のペニスをひとまとめに、イワンの手に握らせる。がちがちに硬く反り返ったキースのそれが自身に触れたとたん、電流のような激しい快感がつま先から頭のてっぺんまでイワンの身体を走りぬけた。
「あ、あああああっ……!!」
「ちゃんと握って、自分でするんだよ……っ」
「あーっ、あーっ、やぁ、キースさ、キースさん、あああんっ」
キースの両手がまたイワンの胸に戻り、さらに激しく責め立てた。胸と下半身から同時に与えられる刺激に、身体の芯からじくじくと侵食されていく。足をじたばたとさせて快感から逃げようとするイワンの耳朶にキースが歯をたて、咬みあとをしゃぶる。
「言ってごらん、イワン。いま、なにしてる? きみの身体は、どうなっているんだい?」
「っあああ、や、やだ、恥ずかしいッ、恥ずかしいですぅっ」
「イワン。言って」
「あ、あっあっあっあっ、キ、キースさんが、僕のち、乳首さわって、ぼく、僕のと、キースさんの、あっあっ、キースさんのペニスっ、はぁっ、いっしょに、ぼく、こすってぇ……っ! ああーっ!! 気持ち、きもちいいの、やぁ、止まんないぃ」
自分の言葉にあおられてどんどん動きを速めるイワンの手に、キースの一回り大きな手が重なる。
「もっと気持ちよくなって、私と一緒にいこう、……イワン、イワンっ」
「だめ、や、咬んじゃらめぇ、やだやだ、ああ、イイ、イク、見ちゃやだ、やぁ、いい、きもちいい、いく、いくいくッ、ああああっ、キースさん、きーすさんん……!!」
「くっ、……イワン……!」
最後は互いの名を呼び合いながら、同時に達する。あ、あ、あ、とだらしなく口を半開きにしたまま、イワンは長く続く絶頂感に全身をけいれんさせた。キースが腕を伸ばして、難しい態勢のままぎゅうと抱きしめてくれた。
「は、ぁぁ……キースさぁん……」
「とても素敵だった、素敵だったよとても。愛してるイワン」
「あ……ぼく、も……だいすき、大好きですキースさん……、っ……」
ちゅ、ちゅ、と触れあわせるだけのくちづけの合間に、睦言を交わす。
事後にも似た優しい触れあいを、けれどもじくじくと熱を持って否定する場所がある。
すでに前からの快感だけでは満足しない、キースによって淫猥につくりかえられてしまった身体の、いちばん奥が、いまだ与えられない甘い責め苦を求めて泣いている。
「…………キース、さぁん……」
