【R18】ただいまを言う、少し前。 - 5/5

 気づいたら湯を張り直したらしい浴槽の中で、イワンはキースの胸にもたれ、ゆったりと抱かれていた。下肢に残る違和感は弱いもので、キースが清めてくれたのだろうことがわかる。
「あ……ごめんなさい、僕……」
「すまない、無理をさせてしまったね」
「いえ……」
 ゆるゆると首を振り、間近にあるキースの青い瞳を見つめた。望み通りの優しいキスをひとつくれたキースが、やわらかく微笑んでイワンの言葉を待つように首をかしげる。
「あの、……嬉しかったです、来てくれて」
「そう言ってくれると、私もとても嬉しい、嬉しいよとても」
 いつもの言い方に、ふふ、と笑って、イワンはキースの肩にすりすりと鼻をこすりつけた。
「キースさん、大好き……」
「……うん」
 満ち足りた気分で抱き合い、またキスをかわす。
 それから、名残惜しかったけれど浴槽を出て、ふかふかのバスタオルで優しく水気を拭われ、イワンの身体には少し大きいバスローブを着せかけられて。
 ふらつく身体をキースに支えてもらってベッドに腰掛け、時計を見ればもう深夜を大幅に回る時間だった。
「ああ、……もう、行かなくては。きみと過ごすと時間がいくらあっても足りないな……」
「……はい」
「本当なら、きみを抱きしめて眠りたいところだけど」
 そう言いながらふわりと抱かれ、イワンは小さく頷いてたくましい胸に顔をうずめた。
 この腕に抱かれて眠りたい、それはイワンも同じ気持ちだけれど。
「明日、会えますよ、ね」
「日付が変わったから、もう今日だよ。――今日は、まっすぐ私のところに、帰っておいで」
「は、い……」
 ぽろりとひとつぶ涙がこぼれたけれど、イワンはそれを指で拭って、微笑んだ顔でキースを見上げた。
「帰ります。あなたのところへ。……おかえり、って、言ってくださいね」
「もちろんだとも。きみのただいまを聞くのを、楽しみにしているよ」
 約束のキスを、そっと交わす。
 どれだけしたって色あせることのない、魔法のようなキスだと、イワンはふわふわとした幸福感に包まれながら思った。
 どちらともなく、ゆっくりと身体を離す。キースが少しだけ慌ただしく衣服を身につけるのを待って、手をつないで部屋の入口まで向かった。
 おやすみ、という囁きとともに、額にキースの唇がおりてくる。目を閉じてそれを受け止めたイワンは、菫の瞳をいたずらっぽく瞬かせると、キースの頬に、ちゅっと音をたてるキスを返した。
 キースが頬を赤らめて、口を覆う。
「ああもう、きみってひとは……困るな、帰りたくなくなってしまうよ」
「だめ、ですよ?」
「わかっているとも。だが、――今夜は覚悟しなさい」
 耳元で低めた声に囁かれて、今度は赤くなるのはイワンのほうだった。
「かっ……」
「ん?」
「覚悟、なんて、……とっくにできてますっ」
「――ああもう!」
 ばしりと音を立てて顔を覆ったキースが、天井を見上げて大きくため息をついた。

 きりのない恋人たちが、ほんのひとときの別離を受け入れるまで、まだしばらく時間がかかるようだった。

送信中です