この世の中には、第二の性、と呼ばれるものがある。肉体のかたちのもととなり、出生してすぐに判明する男女性とは異なり、思春期によってようやく発現し、外形からはほとんど推し量ることのできない性――アルファ性、ベータ性、オメガ性。3つのうち、ベータは人口の大半を占める「普通の人間」だ。ベータである人々はおのれの第二の性を意識することはほとんどなく、男、女、という肉体の性に従って生きている。
アルファは優越者だ。肉体的、精神的に他者の上に立つ要素を生まれつき備え、その恵まれたDNAを確実に子孫に受け継がせるための器官を持つ。
福富寿一はアルファ性だった。思春期を迎え、第二の性が判明したとき、福富を知る誰もが納得した。
『やっぱりおまえ、アルファだったな』
そう言って笑った兄のその顔を、福富はきっと生涯忘れないだろう。
福富の父はロードレーサーであり、兄も同じ道を選んだ。すぐれた選手として評価されている父も兄も、第二の性はベータである。同じく幼少期から自転車の道を選んだ福富は、すぐに才能を開花させた。進学した中学校は公立校としては珍しく、強い自転車競技部が存在し――というよりは、その学区を選んで父が居を構えたというのが正確なところなのだが――入部した福富は瞬く間に頭角を現した。同じく小学生からロードに乗ってきたという新開隼人と並び、二年生のころには部の中心的な選手となっていた。ロードを降りるとどこかまだあどけないところのある新開と異なり、年齢以上の落ち着きのある福富は、リーダーとして人を束ねる機会も多かった。三年生が引退してからは、当然のように部長を任された。
父や兄が同じ年頃だったころのタイムより、福富のほうが数段速かった。いくつか年の離れた兄に並び、凌駕するのも、時間の問題だろうと誰もが――兄すらも断言した。
――寿一はアルファだから、俺より速いのも当然だ。
――福富がアルファだって? なるほど、速いはずだよ。
――そうか、寿一くんはアルファか。そりゃあ、まだまだ速くなるな。
――アルファの福富がカリスマで率いてくれるなら、部も安泰だ。
福富を囲む誰もが、そう言った。
福富が他者より優れる理由は、つねに、福富がアルファであるという、その一点に求められた。福富が毎日毎日、部内の誰よりも汗を流し、部内の誰よりもペダルを踏んでいても、それは二次的な要素としてしか扱われない。
『努力が最高のかたちで報われるってわかってるんなら、努力のしがいもあるってもんだろ』
面と向かって福富に吐き捨てた同級生すらいた。
そして、福富がわずかでも人に遅れを取ると、決まって言われるのだ。アルファなのになぜ――と。
「アルファだから」。
それは、いつしか福富寿一にとって、もっとも嫌いな言葉になっていた。
己のアルファ性を、福富は深く憎んだ。アルファである限り、どれだけ福富が努力を重ねても、正しい評価を下されることはないのだ。
だがどれだけ否定しても、福富寿一は死ぬまで己のアルファ性から逃げられない。
アルファとは、究極的に言うならば孕ませる性である。
なかでも「運命のつがい」と呼ばれる、世界でたったひとり、己のために存在するオメガ性と出会い、子をなすのが、アルファ性を持つ人間の人生における最上の幸福だと、幼い頃から福富は聞かされてきた。
とはいえ、ともに希少種であるアルファとオメガである。そのなかでもただひとりの運命のつがいに出会う確率はごく低い。それは天文学的な、たとえて言うなら砂漠の中でひとつぶの砂を見つけ出すにも等しい、とすら言われていた。
ならば――と、福富は考える。
自分の運命のつがいを、決して探したりはすまいと。
もし仮に奇跡が起きて、己のつがいに出会ってしまったとしても、決してその手は、運命などというものが定めたその手だけは取りはすまいと。
それが己の出生に押しつぶされかけていた福富寿一少年にできる、たったひとつの、運命への反逆なのだった。
